RE088 鏡夜、欲する

「(たとえばの話、一からどころの話じゃなくて本当に零から街一つ自由に作れるとしたら……鏡夜なら、どんな街にする?)」

 活字があればいつまでも暇を潰していられる鏡夜の集中を、伊月からの念話が途切れさせる。

「…………」

 今はもう、鏡夜が何をせずとも勝手に維持されている余剰魔力の外縁にぺたりと貼りつくよう開いている「窓」。伊月がスクリーンと呼ぶ、端末由来の表示領域から顔を上げた鏡夜が耳元どころの話でなく、頭の中で直接囁かれているかのよう響くの主を振り返ると。念話のための精神リンクを意識して必要もないほど分かち難く結ばれている双子の片割れは、鏡夜の方を見ようともせず、今日初めて顔を合わせる人前だろうとお構いなしに「ペット」の膝上で寛いでみせながら、傍に立たせた扶桑メイドを交えて桃色髪の吸血鬼と何やら話し込んでいた。


「(それ、例え話にする必要ある?)」

 鏡夜は伊月が倭樹の王であることも、人造王樹がどういうものかも知っている。

「(あくまで参考意見だから)」

 そうやって予防線を張りながら、伊月が鏡夜の意見を無下にしたことはないのだから。鏡夜が伊月へと返す魔力こえにある種の呆れが滲むのも、当然のことだった。

「(言わないとわからない?)」

 鏡夜のことを振り返ろうとする素振りもみせない伊月の代わり……と、いうわけでもないのだろうが。伊月を膝に乗せ、心地良く微睡むかのよう目を細めていたキリエがふと顔を上げ、伺うような視線を鏡夜へ寄越す。

「(そんなわけないでしょ)」

 それを無視する形で、鏡夜は手元の表示領域スクリーンへと視線を戻した。


 素人の読むものじゃない、と伊月があっさり放り投げた「設計書」さえ、鏡夜にとっては充分すぎる「読み物」で。綴られた文字を目で辿り、読み解いていくその行為には、他の何物にも代えがたい快楽と抗いがたい渇望が同居する。

(僕はただ、こうしていたい)

 それさえ満たされるのであれば、鏡夜は他に何も望みはしない。

 それがわからない伊月ではないだろうに。何を今更……と、鏡夜はその内心で億劫混じりの息を吐く。


「(浴びるように本が読みたい)」


 そのうえで、自らの偽らざる本心を伊月へと告げる鏡夜の念話こえは、それを発した鏡夜自身、自分でもどうかと思うほど物憂げな色を帯びていた。

「――それじゃあ、そういうことで」

 念話ではなく肉声で。鏡夜に対してであり、それまで話していた二人に対してでもある応えを口にした伊月が、今更のよう鏡夜へ向き直る。

「完成したら、一緒に遊びましょうね」


 その言葉が果たされるのは、もう少し後になってからのこと。


「私も遊ぶ……」

「はい、はい」

 今日のところはと、場を御開にした伊月が手を伸ばし、一人掛けの椅子を並べて座っていたキリエの腕の中へと鏡夜のことを引きずり込む。

「マリア」

「――はい」

「長々と付き合ってくれた御礼になるかはわからないけど。〔ハイブラゼル〕が完成したら、あなたのことは招待するわ」

「できれば父さまのことも」

「私の前に顔を出す度胸がラドゥにあったらね」


 瞬き一つするほどの間に編み上げられ、頭からすっぽりと被せられる影のヴェール。

 キリエの魔力で形作られた魔布が視界に紗をかけて。亜空間へと落ちる瞬間の微かな浮遊感に続き、微温湯に体を浸すような圧迫感が全身をくまなく包む。

「(なんだかんだ、としてはキリエが優秀なのよね)」

 伸びきった爪先がどこかの地面に触れ、魔布に遮られていた視界が再び開けると。キリエの腕から下ろされた双子は、揃って固有領域の中庭に立っていた。

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