RE086 キリエ、やや怒る

「造るの? 

 黒姫奈キリエを振り返った伊月の手元で、指先に摘ままれた表示領域スクリーン、迷宮都市艦〔ハイブラゼル〕の「仕様書」がひらひらと振られる。

「…………」

 ラドゥの物言いたげな視線、そこに含まれる無言の圧に気付きながらも、キリエは何食わぬ顔で〔花嫁〕に応えた。

「お前の好きにしたらいい」

 もとより、「ヴラディスラウス・ドラクレアへの結婚祝い」というのが単なるに過ぎないことは自明。〔真祖〕の血統に連なる吸血鬼、あるいはキリエ個人がだと知っていて、ハルカは「新たな方舟」をマキナにこそ贈ったつもりでいるに違いないのだから。寄越されたものをどうしようと、それはマキナの生まれ変わりである伊月と鏡夜の勝手というもの。

 どうせ、千年も放っておけばハルカは次なる「方舟」を完成させるに違いないのだから。一つくらいお蔵入りさせたところで、キリエはどうとも思わなかった。


「キリエが貰ったんだから、キリエが決めたらいいのに」

 あからさまに気のない素振りで〔ハイブラゼル〕の仕様書を放り出した伊月が手元の表示領域スクリーン、第二世代人造王樹デミドラシルのアップデートモジュールに含まれる術式群へと、再び目を落とす。


「試しに一隻造ってみたところで、問題もないでしょう?」

 〔アングルボダ〕の寿命、あるいは突然の「滅び」に対する備えとしての「方舟」については真性王樹の主人である「真なる王」同様、人造王樹デミドラシルで充分だと考えているキリエ。

 今のところ判断を〔花嫁〕から委ねられた吸血鬼が、自身にとって都合の悪い結論を口にする前に、伊月をなんとかその気にさせようと口を開いたラドゥ。

「この規模の次元跳躍艦はティル・ナ・ノーグどころか世界中どこを探しても存在しないわけですし。『ヴラディスラウス・ドラクレアが迎えた〔血の花嫁〕』のとしても、これ以上のものは――」

 周囲の影から伸び上がった数本のが、らしくもなく浅はかな物言いをした慮外者の喉を鷲掴み、座っていた椅子ごと床へと引き倒す。


「――私の〔花嫁〕の何が、なんだって?」


 手近なから溢れる魔力を纏め、アストラルボディを編み上げたが耳元に立って見下ろすと。抵抗らしい抵抗も出来ないまま、無様に倒れ込んだラドゥはその顔色をさぁっと青ざめさせた。

「失言でした……」

 首の骨をへし折らんばかりの勢いで締め上げられていようと、マテリアルボディほど強固でも不自由でもないアストラルボディを魂の器とする人外であれば、体の構造を一時的に弄るなりして喉を潰されながら喋るくらいのことは、簡単にやってのける。

 咄嗟の抵抗よりも痛覚の遮断を優先したのか。あるいはに痛覚を含む繊細な感覚など、端から備えることすらしていないのか。

 どちらにせよ、ラドゥに対してさしたるを与えられていないことに気付いたドラクレアは、痛めつけたところで意味の無いアストラルボディを無造作に踏みつけた。

「あまり失望させてくれるなよ」

 そして。そのまま、〔真祖〕にしてはの扱いが拙いラドゥを、嫌がらせでしかない魔力オドごと、ラドゥが掌握しているべき亜空間へと押し込める。

「兄上っ! やめっ――」


 ラドゥがどう思おうと、この程度の報復で済ませてやるのはキリエの温情だった。

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