RE084 マリア・ヴォイキッツァ


「お食事中、失礼します――」

 レジデンスの自動人形コンシェルジュ経由で手配したケータリングが、ラウンジの個室に届けられて間もないタイミング。

「お邪魔しても?」

 呼ばれたわけでもないのに顔を見せたラドゥは、珍しく同行者を連れていた。


「用件による」

 前菜のサラダを咀嚼するのに忙しくしている伊月に代わって、一緒に食事をとるでもなく、単なる同席者としてテーブルに着いていた黒姫奈キリエが口を開くと。個室の入り口に立つラドゥの後ろから顔を覗かせたが、母親譲りの翠眼をきょとりと瞬かせる。

「伯父さま、イメチェン?」

 果たしてはイメチェンと言えるのか。

 ティル・ナ・ノーグの総督ヴォイヴォダ、ヴラディスラウス・ドラクレアとして世間に知られているものとは似ても似つかない身形をしている自覚のあるキリエははて、と首を捻った。


「――ぁ?」


 そうしている間に、まんまと伊月の興味を惹くことに成功したラドゥが、一人娘を連れて個室の中へと入ってくる。

「僕の娘です。――マリア、にご挨拶を」

 一旦食事の手を止めた伊月と、その隣で我関せずと食事を続ける鏡夜。

 ラドゥに促され、双子の前に進み出たマリアが丈長の上着を摘まんで腰を落とす。

「ラドゥと栞菜かんなの娘、マリア・ヴォイキッツァ。普段はカナンの方にいる」

 〔花嫁〕への挨拶を終えてから。マリアは黒姫奈キリエに対しても、上着を摘まみ軽く腰を落とす素振りで形式的なものでしかない挨拶を済ませた。


「それって、星龍領グネーヴァルのカナン?」

 伊月の反応に手応えを感じたらしいラドゥが、マリアの後ろで笑みを深める。

「なんでも、ハイドゥクに興味がおありとか」

「――座っていいわよ」

 会食用途で用意されている個室のテーブルは、頭数が一人二人増えたところで問題ないほどの大きさだが。それを理由に席を離されていたキリエは、これ幸いと鏡夜の隣へ移動した。

「私が食事中に仕事の話をするのが嫌なタイプじゃなくてよかったわね」

「仕事? 悪巧みの間違いでは?」

「単なる憂さ晴らしなら後始末のことなんて考えたりしないわよ。面倒臭い」


 ケータリングを運んできたワゴンの脇に控えていた自動人形オートマタが、増えた頭数の分だけ追加でテーブルセッティングを行っている間。席を移った黒姫奈キリエを追いかけテーブルを回り込んできたマリアが、上着の内側から取り出したものを黒姫奈キリエへ差し出す。

「ハルカから、結婚祝い」

 キリエはそれを、黒姫奈ドォルのものではなく、適当な影から伸ばした方ので受け取った。


 物は、透明なハードケースに収められた幾つかのマテリアと思しき結晶体。


「なぁに? それ」

 キリエとしては、伊月が興味本位で向けてくる視線に応えてやりたいのはやまやま。

 けれども求められている「物」が、マリアに仲介させることで人造王樹による検閲逃れをしてまで持ち込まれた品とあっては、おいそれと触らせてやるわけにもいかない。

「なんだろうね」

 伊月が本格的に強請りはじめないうち、キリエは影のに保持していたハードカバーをへと手渡した。

「最優先で鑑定を行い、報告を上げさせていただきますので、何卒ご容赦ください」

 マリアが「〔扶桑〕の認知していない物品」を取り出した時点で部屋の中へと現われていた自動人形オートマタは、キリエから受け取った品を手にその場で一礼すると、微かな魔力光とともに姿を掻き消す。


「ハルカって、キリエが一万年以内に〔花嫁〕と出会えない方に賭けたっていう双樹の王でしょ? 『結婚祝い』にセキュリティチェックが必要になるような仲なの?」

 扶桑から丁寧な釘を刺された伊月は、キリエに向かってわざとらしくむくれてみせる。

「あの一族は信用できない」

 キリエとて、ハルカが意図的にを害そうとするとは思っていなかった。

 とはいえ、それとこれとは話が別。

「この場合、問題なのはハルカがヨルムンガンドの血脈だということで……性質的に〔灰被り〕や〔ドールメイカー〕と近いものがあると言えば、ご理解頂けるのでは?」

「わかりたくもないけどなんとなくわかった。都築の同類か……」

 星龍の一族は誰も彼もが、悪意なく過度に他者を傷付ける。ハルカは一族の中でも比較的マシな部類だが。キリエの立場で、都築相手に気を許しすぎて死ぬ破目になった黒姫奈の二の舞を演じるわけにはいかないという……これはただ、それだけの話。

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