RE083 アスタロト=貴臣=黒姫兄

 記憶を代償に異能を発現する不治の病。

 ブルーブラッドシンドロームの発症によってそれ以前の記憶を失った黒姫奈ドォルにとって、度を超したシスコンであるアスタロトは「関わり合いになりたくない」の中でも「仕事上、避けては通れない相手」というわりと厄介な存在だった。

 実害こそないが、まともに相手をするのは面倒臭い。かといって、アスタロトによる黒姫への捨て身の献身、その結果として黒姫奈ドォルの手元に残された「仕事道具ドォルたち」のメンテナンスは、マイスターメイドの一点物という性質上アスタロトが「妹のために確保した人形師ドォルマイスター」である都築にしか行えないのだから、一時の感情に任せてアスタロトとの関係を絶ってしまうわけにもいかない――。


 そんな葛藤も、伊月にとっては既に過去のもの。

(キリエがいれば、アスタはいらない)

 そういうわけで。伊月はあくまで「顔見知り未満の隣人」として違和感のない態度を心がけ、空いているポータルの一つへ向かうアスタロトを見送った。


 一つ二つどころか四つ五つと、異なる体を同時に操り、それぞれ別人として違和感なく振る舞わせることのできる伊月にとって、自分一人に「自然な振る舞い」をさせることなど造作もない。

 さしものシスコンも、ノーヒントで伊月を「黒姫奈ドォルの生まれ代わり」と看破することはできなかったようで。すれ違い様に礼儀的な挨拶の声をかけてきて、それきり。アスタロトは迷いのない足取りで向かっていったポータルに乗り込むと、そのままどこかへと転移していった。


「(知り合い?)」

 黒姫奈キリエが前置きもなく忽然と姿を消してからこっち、状況が理解できていないなりに大人しく様子見を決め込んでいた鏡夜がようやくホールへ下りてきて、伊月に並ぶ。

「(襲の従兄弟らしいわよ)」

 鏡夜とペンダントの様子見がてら、セントラルタワー内の商業区にあるレストラン街へ出かけるつもりでいた予定を「そんな気分じゃなくなった」と急遽変更して。黒姫奈ドォルごと姿を隠させていたキリエを呼び戻した伊月は、レジデンスのロビーを見下ろす中二階のラウンジへと、連れの二人を誘った。

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