RE081 鏡夜、易きに流れる

 大きな出窓のよう、外へと迫り出したアルコーブ。

 その内側に沿って作り付けられた長椅子の向かいで、いつの間にか本を読みはじめていた黒姫奈ドォルがふと顔を上げ、アルコーブの外へと目を向ける。


 読書中の鏡夜が集中を切らしたのは、その気配が双子の片割れのものから全く別人のそれへと変化したことを、それとなく感じ取ったから。

?」

 肯定されるとは露程も思っていない呼びかけに、鏡夜を振り返った黒姫奈ドォルはきょとりと目を瞬かせた。

 その手元で閉じられた本が長椅子の座面へ下ろされる頃。ぺたぺたと裸足の足音をさせながら、伊月の本体が書斎にひょっこり顔を出す。

「もういい時間だし、ご飯食べに行きましょ」

 伊月と鏡夜、双子の「前世の体」へ伊月の〔傀儡廻しにんぎょうあそび〕用に手を加えたものだという黒姫奈ドォルの「中身」について。伊月が気にかけていないのならまぁいいか……と、鏡夜は深くを考えない。


「出かけるの?」

 はっきり言って、気が進まない。

 そんな内心を隠そうともしない鏡夜に、伊月は得意顔でを差し出す。

「これ着けた状態でも無理そうなら、次からは留守番ね」


 茨に囚われ、薔薇の花を抱えて眠る竜。


 伊月の手に握られている段階では「チェーンのついた装飾品」としかわからなかったを鏡夜がはっきり「ペンダント」と認識したのは、留め金のないチェーンをそのまま首にかけられてから。

「キリエの魔力は平気なんでしょ?」

「…………」

 伊月に言われるまで、鏡夜はそのペンダントからキリエの魔力が滲んでいることに気付きもしなかった。

「余剰魔力を二人分重ねることになるから、内側に取り込まれる鏡夜の魔力感知の精度は落ちるどころの話じゃないけど――」

「そもそも、そんなの気にして生活してない」

「――わけだから、問題ないわよね?」

 その点、鏡夜に異論はない。

「自前の余剰魔力は解いていい?」

「魔術師としてはありえないことだけど、キリエが抜かれるような状況で鏡夜の余剰魔力がなんの役にも立たないことは分かりきってるから、絶対に駄目とは言えない」

 前世の記憶に目覚めたことで手数の増えた片割れとは違い、自らが魔術師であるという自覚と自負に足る記憶を持たない鏡夜は、わかりやすく渋い顔をした伊月の前でなんの気兼ねもなく自らの余剰魔力を解き、マテリアルボディから溢れる魔力オドを垂れ流しにした。


「もったいない……」

 手元を離れてしまえばあっという間に環境魔力エーテルへ解け消えてしまう拘束魔力オドの消息など、知ったことではない。

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