RE077 固有領域=セーフエリア=神域

 白が現れるまでその可能性に気付きもせず、愛花彩花に引き合わされたことで生じた疑惑が、神泉から這い出してきたとの対面で確信に変わった、一つ事実。

 鏡夜は「他人の魔力」に過敏かつ、ともすれば嫌悪感を催す性質たちで。その方向性はいわゆる「潔癖」、ともすれば「アレルギー」のそれだった。


 元々一つだった魂を分け合って生まれた「片割れ」と、地脈から供給される御神木由来の「無色の魔力マナ」によって構成された現し身アストラルボディを普段使いの体としている国津神やその神使たち、オドを生む魔力炉の代わりにマナを生む転換炉を備えた自動人形に加えて、キリエという謎の「例外」はあるものの。国津神としての勤めを終えた父親をはじめとする「伊月以外の家族」との関わり合い、接触未満の接近が鏡夜にとって少なからず苦痛を伴うものだとわかった時点で、伊月の中から「これから先もこれまでと変わらず八坂の家で暮らす」という選択肢は綺麗さっぱり消えてなくなった。



「(鏡夜がここに居たいなら、居られるようにはできるけど――)」

 血縁で繋がる家族よりも、一人分の魂を分け合って生まれた「もう一人の自分」を優先するのは当然で。そういう思考を齟齬なく共有しているからこそ、どこへ行くとも告げられないうち、鏡夜は躊躇うことなく伊月の手を取る。

「(体を動かすより本を読んでいたいって、知ってるだろ)」


 ただ傍に居るだけで片割れ伊月のものと遜色なく鏡夜の余剰魔力と混ざり、それでいて違和感の一つも生まないキリエの魔力。鏡夜にとって唯一の「例外オド」に包まれ、引きずり込まれた先は、五感のほとんどが役に立たないの中。

 微温湯へ浸け込まれるような心地良さは一瞬で通り過ぎていき、次に視界が晴れたとき。鏡夜は一呼吸目でに気付いた。

(息が……)


 息がしやすい。


 比喩ではなく物理的に、今の今まで気付いてすらいなかった「息苦しさ」から解放された鏡夜は真っ先に、隣でしたり顔を浮かべた片割れ伊月を振り返る。

「環境魔力の濃度を上げてあるから、体も少しは軽いでしょ?」

 無遠慮に探るような視線を向けられた伊月が、それを理由に殊更機嫌を損ねるような素振りを見せなかったことは、この際、鏡夜にとっての幸いで。

「環境魔力……」

 皇国生まれの隠れ里育ちという「箱入り」ではあるものの。活字中毒の気がある鏡夜は同世代の皇国人よりよほど物を知っているし、節操なく溜め込んだ知識を使って伊月の言葉一つ噛み砕けないほど愚鈍バカでもなかった。


「……ここ、何?」

 見上げた先には空があり、周囲を建物に囲まれた一角はさも邸宅の中庭然と整えられているが。中庭の中央で瑞々しく枝葉を広げるシンボルツリーは、皇国の御神木と同様にその根から幹の下部にかけてを魚も棲めないほど澄み切った水場に沈め、雨が降っているわけでもないのに、その枝葉から出所の分からない雫を絶えず滴らせている。

「扶桑樹に個体情報プロフィールを登録すると、認定グレードに応じて貰えるセーフエリア。いわゆる『マイルーム』ってやつね」

は?」

「見ての通り、よ。皇国の『御神木』とモノは同じ。どっちも『デミドラシルの挿し穂』で、親木から与えられた名前と役割が違うだけ」

 皇国の御神木に『神域』と呼ばれる亜空間が付随することを、知らない鏡夜ではなかった。


「ここが、私と鏡夜にとって一番安全な場所。ここにいる限り誰も鏡夜を傷付けられない。それだけは絶対だから、覚えておいて」

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