RE076 双子、立ち去る

「のどがかわいた」


 ともすれば聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、ぽつりと零されたその一言。

 唐突でいて明け透けな主張が、どこか舌っ足らずな口振りと相俟ってまるきり幼子のそれだと。「伊月のペット」を、襲は素直に笑ってしまえない。


(飢えた吸血鬼って、狂化の危険があるから懸賞金かけるときの脅威判定は普通より一段階上をつけるのが定石セオリーだけど。そもそものグレードが災厄いちばんうえだった場合って、どうなるんだろう……)

 可愛い娘を食い物にされる親の心境は、それが同意の上だとわかっていても、どうしたって複雑にならざるをえない。

 それでも。まだ子供なのに……と、食い物にされる当人からも怒られそうな本音を呑み込む程度の理性は働いた。


「痩せ我慢は終わり?」

 溜め息混じりに自らを抱え込む吸血鬼ひとでなしを見上げた伊月が柔らかく笑っていたことも、襲の父親としてを後押しする。


 伊月の問いかけにこくりと頷き返し、腕の中へしまい込むよう抱き寄せた子供へ頬をすり寄せるドラクレア。

 その腕の中から、二人のやりとりを遠巻きに見ていた鏡夜へと、伊月が手を伸ばす。

「鏡夜」


「えっ」

 片割れを呼び寄せる何気ない手の動きに、呼ばれた当人である鏡夜が動き出すよりも早く、襲は声を上げていた。

「鏡夜くんのこと、連れて行っちゃうの!?」


「あとのことは愛花と彩花がいればどうでもなるでしょ。少なくとも、私と鏡夜より彩花の方が『護家八坂の跡継ぎ』としては使い物になるだろうし」

 伊月は鏡夜へと差し出していた手を一旦、下ろしはしたものの。襲の言葉とそこに含まれる懸念を杞憂だと一笑するどころか、その真逆を澄まし顔で告げてのける。

「それ、本気で言ってる!?」

「神子としての権限を失って地脈からの魔力供給を受けられなくなれば、鏡夜なんて単なる虚弱体質よ。玩具みたいな簡易端末デバイスを一晩使い倒したくらいでふらふらになるような体力で、皇国になんて置いておけるわけないでしょ」

「それはそうなんだろうけど……僕が土地神のままなら……でもそれは伊月ちゃんが僕に体を……僕は愛花さんにつられてあっさり還俗しちゃって…………つまりそれって、罠じゃん! さすがにこの嵌め方は酷すぎない!? 結果的に僕が色惚けした大馬鹿者みたいになってるんだけど!」

「みたいも何も、そのものでしょ」

「ひどっ」


 伊月の言うことはもっともで。皇国は伊月と鏡夜のよう一つの魂を分け合って生まれた「半端者」にとって、それほど生きやすい場所とは言えない。伊月が「倭樹の主人」となった以上、これから先、いつかそうではなくなるのかもしれないが。少なくとも今は、まだ。

 これまでのよう、襲が国津神としての権限をこれでもかと使って護ってやることができないのなら、ドラクレアの庇護下に入ってしまう方が双子にとって「賢い選択」だと、襲も頭では理解できている。

「ねぇ……考え直さない?」

 だからといって。こればっかりは、「いい大人」の振りをして快く送り出してやることなど、できようはずもない。

「寂しくないように、を連れてきてあげたでしょう?」

 届きもしないし、嫉妬深い吸血鬼が怖くて本気で届かせようとも思えない、臆病な襲が伸ばす手を見てにこりと笑う伊月の振る舞いには、その母親によく似て無邪気だからこその残酷さがあった。


 改めて伸ばされる伊月の手を迷いもせず選んだ鏡夜が、片割れによってドラクレアの腕の中へと引き込まれながら、その肩越しに、恥も外聞も無く取り縋ってみせることもできずに無様を晒した襲を振り返る。

「間抜け」

 闇のように深い影へと取り込まれる間際。揶揄うような調子で投げつけられたその一言が、襲をがくりと脱力させる。


「愛花さんになんて言おう……」

 思いがけず再会を果たした想い人の落胆するさまが、目に浮かぶようだった。

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