RE074 疑似王樹=インスミール=御神木

 皇国で国津神を祀る社には、地脈の起点となる〔倭〕の挿し穂インスミールが「御神木」として植えられている。

 大地に根ざした疑似王樹。「親」である倭樹デミドラシルが「限定解除」を行えばすぐにでも新たな人造王樹として機能する御神木インスミールの前で、伊月は一旦、足を止めた。


 瑞々しい枝葉を豊かに広げた常磐木。


 ただそこに在るだけで、個人が有する魔力炉とは比べものにならない規模の魔力を生み出す「力」の源泉みなもと

 滴り落ちるほどの魔力がインスミールの袂に水場を作っているのは、ティル・ナ・ノーグの固有領域も、皇国の境内も変わらない。

 霊験あらたかな国津神の「神泉」も、だと知っている伊月にとっては、単なる「魔力溜まり」でしかなかった。


 その水底には、魔術的な保護と隠蔽を施された徒人のマテリアルボディが、御神木インスミールの根に絡め取られるような形で沈んでいる。


「倭」

 皇国という「国」の構造上、〔倭〕が実権を持たなかったのは、人造王樹デミドラシルとして仕えるべき王を持たず、それを必要としていなかった昨日までの話。

 伊月が王となって、すぐ、国津神とは別系統の地脈を管理する「天津神」――役割毎に与えられた疑似人格と行動規範に則り、独自行動をとる自動人形オートマタたち――の掌握を命じておいた〔倭〕。ティル・ナ・ノーグにおける〔扶桑〕ほどではないにせよ、御神木インスミール捧げられた登録された国津神管理者」、その名義変更程度の処理であれば苦も無く行えるようになっているはずの人造王樹デミドラシルへ、伊月は「王」としてそれを命じた。

「我が主さまの仰せのままに」


 胸元のデバイスから、伊月自身の魔術演算領域を介することなく高速展開クイックキャストした〔盾〕の限定術式プラグイン。飛び石のよう配置した魔導円サークルを足場に、伊月は神泉の水面すれすれを歩いて、青々と繁る葉の先端から絶えずしとしとと降る雨のよう魔水を滴らせる御神木インスミールの枝下へともぐり込む。

「(濡れるよ)」

 伊月を追いかけようともせず、神泉の外で足を止めた鏡夜の傍に留まったまま。鼓膜を震わせることのない念話でそうをかけてきたキリエが、引き返すどころか立ち止まろうともしない伊月へと傘を差し掛ける代わりに寄越したのは、向こう側が透けて見えるほど薄手の魔布ヴェール

 雨露を凌ぐにも心許ない見かけの印象を裏切って、滴り落ちる「無色の魔力マナの雨」から身を守るには過ぎた代物を受け止めた両手で被衣のよう頭上に掲げ、伊月は御神木の枝葉が落とす陰の奥深くへと立ち入った。


 一定のテンポを乱すことなく、水面すれすれに判を押すよう描き出していた魔導円サークル。ひとまずのところ最後の〔盾〕を、伊月はそれまでのものより大きな規模で、水底に横たわっている襲の真上からほんの少しずれた場所へと描き出す。

「お目覚めの時間よ」

 人造王樹デミドラシルによって認められた、「魔術として再現不能の奇跡」。

 強力な魔法を宿す魔女の瞳は、御神木インスミールによって隠蔽されている襲の「いのち」の所在ありかを苦も無く見通していた。

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