RE073

 伊月が取り澄ました声で愛花を呼び、鏡夜を促す。


「鏡夜」

 改めて名乗るまでもなく、鏡夜のことを知った素振りで声をかけてくる愛花。

 デザイナーズメイドのソファへ運びやすいよう「足」をつけたような車椅子に乗せられている母の正面へと回り込み、鏡夜は目礼程度の素っ気ない挨拶を済ませた。


「彩花、あなたのお兄ちゃんよ」

 そこへ、母と繋いでいた手を引かれた彩花が連れ出される。

「あの……」

 自分たちよりも幼い少女こどもが浮かべる微かな怯えと戸惑いの表情に、鏡夜は彩花への応対を躊躇いもなく伊月へパスした。

「私は伊月。こっちは鏡夜。――あなたのお名前は?」

「彩花です」

 その展開を読んでいたとばかり口を開いた伊月の、鏡夜が横から見ている分には胡散臭さしかない笑顔に、見かけ通りの幼子でしかない彩花はころりと騙されてしまったらしく。あっけなく緩んだ緊張の下からは、伊月のものとは明らかに違って自然な表情とが覗く。

「長門と陸奥が新しい『お家』に案内するわ。お母さんと一緒に行って、お父さんのことを待っててくれる?」

「――はい!」


 感覚的に、これで伊月の用件は終わったのだと気付いていたが。鏡夜は何食わぬ顔で伊月と並び、メイドたちに連れられ神社の境内をあとにする母妹おやこを見送った。


「(仲良く出来そう?)」

「(どうかな)」

 両手に抱えていた銀鱗の小竜ペットを、捕まえていた鳥でも逃がすようぱっ、と放した伊月が、鳥居に背を向け境内の更に奥まった場所へと鏡夜を誘う。

「キリエ」

 広げた翼で風を掴み、双子の頭上へひらりと舞い上がった小竜は、突然気でも違えたかのよう真っ逆さまに地面へ向かい、伊月の足元に落ちた影へと飛び込んだ。

 その勢いに見合わず、とぷん、と穏やかに生じる波紋。足された質量分、器から押し出される水のよう溢れ出し、不自然に広がりはじめた影が、伊月の指差す先で置き去りにされていたコンテナへと伸びる。

 わかりきった結果を見届けようともしない伊月の背後。神楽殿の前で、広がりきった影は巨大なコンテナを音もなく呑み込んだ。


「(その、どれくらい入るの)」

「(知らなーい)」

 伊月の足元へするすると引き上げていった影が、鏡夜を振り返る。

 煌めく銀から、暗闇そのもののような黒へ。頭からすっぽり被った黒衣でその印象を一変させた、伊月の「ペット」。

 本当の意味で人外の美貌を備えた魔性が鏡夜へと向ける視線には、ぞっとするような「甘さ」が滲んでいた。

「(なんなら、する?)」

「(いらないよ)」


 伊月と鏡夜。

 二つに分かれた黒姫奈の片割れが、自分自身の一番やわい部分を晒した相手。


 一方的に向けられる重たげな感情へ恐れを抱くのは生物としての本能で。それを宥め賺すのは、鏡夜が伊月と共有する名状しがたい感覚であり、「前世の記憶」に目覚めた伊月がキリエへと向ける信用と執着あいじょうだった。

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