RE065

 固有領域の中心で瑞々しい枝葉を広げる疑似王樹インスミールの袂から、閉鎖式ポータルの内部へ。

[沖の浜セントラルタワー レジデンス

 A.A.7525/8/27 08:16]

 独特の浮遊感を伴う術式転移を終えた黒姫奈の足下で、ポータルの床に刻まれた魔導円サークルが魔力の輝きを失うと。黒姫奈が纏う余剰魔力を掻き集めるようにして、少年姿のキリエが開放前のポータル内部へ姿を現す。

「(外では伊月のこと、黒姫奈って呼ばないでね)」

「(呼び分けた方がいいってこと?)」

「(そう。でも〔花嫁〕持ちの吸血鬼なんだし、いっそ伊月のことは無視したら)」


「(できるかな……)」

 妙なところで自信なさげなキリエを促し、ポータルを降りた黒姫奈はレジデンスのロビーで八坂伊月と合流した。



 両手に銀鱗の小竜ペットを抱えた幼子こどもの前で、見目麗しい人外を連れた徒人上がりの人外紛いが足を止める。

「そうしてると、イイトコのね」

 開口一番。身長差に限った話ではなく、わかりやすく伊月を見下した黒姫奈が鼻で笑うと。箱入りのらしく、おっとり笑った伊月が「おかげさまで」と盛大な皮肉で返す。

「は?」

 腕を組む、というよりしがみつくような勢いで身を寄せてきたキリエに邪魔され、黒姫奈の魔力はばちんっ、と小さな紫電を散らすに留まった。




「(なんだかドキドキしてきた)」

 〔傀儡廻しマリオネッター〕の操者とその傀儡が顔を合わせることなど、

 そういう固定観念おもいこみと、の振る舞いが相俟って。その実状を知るキリエの目にさえ、伊月と黒姫奈はまるでそれぞれが独立した別個の自我を持つ存在であるかのよう映る。

「(公然と〔花嫁わたし〕にべったりできて、喜びのあまり? トキメキで?)」

 そうであれば、どれほどよかったか。

 生憎と、キリエの現実はそれほど単純に甘酸っぱくはなかった。


「あぁやだ。こわい、こわい」

 くすくすと小馬鹿にしたよう笑う伊月を前に、黒姫奈の機嫌は右肩下がり。

 じわじわと練り上げられていく物騒な魔力は、その出所である吸血鬼よりも〔花嫁〕に対して従順だった。

「お客さまの前ではお行儀良くしてね」

「誰に向かって言ってんの」

「上司と上手に仲良くできなくて皇国おくにではお仕事できなくなってしまった魔女さま、こちらへどうぞ」

「ガキが……」


 頭では、それが第三者による観測を意識した振る舞い、〔傀儡廻しマリオネッター〕の操者である伊月が意識的に行っている演技だと、分かってはいる。

 わかっては、いるのだけれど――

だ……)

 正真正銘、生きていた頃の黒姫奈を思い起こさせるその言動は、癒えきらない傷口へ塩を塗り込むよう、じくじくとキリエを苛んだ。

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