RE062

 黒姫奈が「自宅」としていたレジデンス。

 その寝室へぽん、と放り出された体が、シートベルトよろしく腰を抱いて離そうとしない腕の持ち主諸共、華奢な青年姿のキリエを下敷きに、空のベッドへぼすんっ、と沈む。

「ゴーグルかけてる時はやめてよ……」

 うっかり鼻をぶつけそうになった伊月がぼやくと。その目元から、どこからか生えてきたキリエの「手」が、位置固定用の限定術式プラグインを起動する前だった補助端末ゴーグルを抜き取っていく。

「埋め込みにしたら」

 両手に伊月を抱えたまま、目の前に持ってきたゴーグル型の補助端末アクセサリをためつすがめつ。一頻り眺めたキリエの片手が、伊月の腰から外れてその胸元をなぞった。

「…………」

 今は着衣で隠されている伊月の素肌には非常用もしも備蓄そなえとして、キリエの魔力で形作られた魔晶石マテリアが貼り付けられている。

 血色の薔薇とそれを囲む黒い茨を鮮やかに描き出した、幾つもの、一つ一つは小粒ながら、一つの例外もなく極上の魔晶石マテリア

 人造王樹デミドラシルの圏内でしか動作しない簡易魔導器デバイスの自作など、程度の差はあれ多少の知識があれば魔術師を名乗るのも烏滸がましい魔導師風情でもやっていることなのに。どうして思いつかなかったのだろうと、伊月は目から鱗が落ちる思いだった。


「お前がゴーグルこれを着けてると、キスがしにくいし」

 伊月の目元、鼻先、唇へと順番に口付けていったキリエが、脇に避けていたゴーグルを伊月にかけ直させる。

 返されたばかりのゴーグルを頭の上へと押し上げ、完全に乗り上げていたキリエの上で体を起こした伊月はブラウスの釦に手をかけ、自分からそれを外していった。

「デバイス機能も入れるなら、どれが良さそう?」

「無いとは思うけど。何かあった時に外側から使っていくとして、やっぱり真ん中の花弁かな。拡張もしやすいだろうし」

 露出した魔晶石マテリアの一つをこれ、とキリエが指差す。

 懐中時計デバイスから引き出した有線接続用の銀線アゾナーヴをその手に持たせ、キリエに乗り上げたまま、伊月は自身の手元に端末由来の仮想端末バーチャル・コンソールを呼び出した。

「インスミール――」

 自作デバイス用の魔術式スクリプトを、と伊月が告げる間に、伊月の腰を抱え上げ、膝立ちにさせたキリエが起き上がってきて、善は急げとデバイスに改造されようとしている魔晶石マテリアへその唇を触れさせる。

「少しだけ、ちくっとするかも」

 再活性した魔晶石マテリアが貼り付いていた皮膚を喰い破る痛みは、そのためにこそあるような吸血鬼の魔力が和らげた。

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