RE061

 〔花嫁〕が有する稀有な異能に配慮して。常日頃から、キリエは自身の魔力炉たましいを目に見えるアストラルボディの内側ではなく、通常空間との「接点」を開きっぱなしにした亜空間の奥深くへとしまい込んでいる。

 亜空間の外で活動するアストラルボディは、伊月が好んで使う傀儡のようなものであり、気安く使い捨てにしてしまえるに過ぎなかった。



 わざわざ移動させるよりも手間が少ないと、アストラルボディの形状定義と構成魔力に対する影響力の行使を放棄して。〔花嫁〕の周囲に置いた「接点」から漏れ出す魔力を纏め上げ、新たな体を構築する。

 キリエ・エレイソンとして最も自然な姿で伸ばした腕は、キリエにとって主たる意識と精密な感覚を備え、〔花嫁〕の肢体を掻き抱いた。


「見てよこれ」

 廊下と部屋との間にある、三畳ほどの取次で足を止めていた伊月。

 年端もいかない子供の姿形なりをした〔花嫁〕の背中にべったりはりついたキリエが、ちらと目を向けた先。双子が共用している部屋の一角では、伊月と瓜二つの鏡夜が作り付けの机に突っ伏していた。

「戻ってくるなりバタンきゅうよ」

 座椅子代わりのキリエへめいっぱい寄りかかり、体を楽にすることを覚えた伊月とは違い、一貫して保たれていた姿勢の良さが見る影もなく。伊月が与えたタブレットに覆い被さるよう丸められた背中からは、読書への執念めいたものさえ感じられた。

「寝直すなら、布団くらい出せばいいのに」

 顔を上げた伊月から押入れを指され、キリエは〔花嫁〕で埋まった両腕の代わりに影の「手」を伸ばす。

 今朝方も片付けを手伝った布団を一式、押入れから取り出すと。そこへ、キリエの腕を素気なく振り解いていった伊月が、鏡夜の体を机から引き剥がすようごろりと転がした。


「…………」

 伊月以外の誰がやろうとしてもキリエが阻んだであろう、乱暴なやりように顔を顰め、うっすら目を開けた鏡夜は、視界を遮るよう被せられたタオルケットの下で俯せに寝返りを打ってから、一度深く息を吐いたきり動かなくなる。


「おやすみ」

 机の上に残されたタブレットを何事か操作した伊月は、それを鏡夜の枕元へそっと下ろし、〔花嫁〕との距離をじわじわ詰めていたキリエを振り返る。

「(沖の浜に。あとゴーグルも)」

 正面から抱き合うよう腕の中に戻ってきた伊月へ補助端末ゴーグルを渡し、魔布ベールを被せて抱き上げた〔花嫁〕ごと、キリエは倒れ込むよう足下に広げた影へと飛び込んだ。

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