RE059

「キリエ。ねぇ、キリエってば。……寝てるの?」

 すぐ傍には〔花嫁〕がいて、吸血鬼としての飢えは満たされたばかり。

 食事の余韻に浸りながら心地良く微睡んでいたキリエを、ベッドの上に起き上がった伊月が揺り起こす。

「そろそろ戻りたいんだけど」


 ずっとここにいればいいのにと。〔花嫁〕を持つ吸血鬼であれば持っていて当然の欲求を、キリエは理性でねじ伏せた。




「ん」

 ベッドの上に寝転がったまま、強請るよう開いて見せられる腕。

 その手で容易く捕まえてしまえるほどの距離に、伊月は座っているというのに。かつて、黒姫奈に対して発揮していた物分かりの良さはどこへやら。自分からはそれ以上動こうとしない吸血鬼の胸へと、伊月はこれみよがしの溜め息とともにその身を差し出した。


 どこからともなく降って湧くよう、瞬間的に編み上げられた魔布。

 バリアジャケット代わりの薄布ベールごと抱え込まれた体は、そこにあるはずのベッドをすり抜けるよう、キリエごと濃密な魔力で満ちた「影」へと沈む。


 水圧を思わせる締めつけをくぐり抜けると。そこはもう、伊月が見慣れた部屋の中。

「おはよう、鏡夜」

 両手に抱えた〔花嫁〕を手放そうとしないまま、キリエが遠慮無く倒れ込んだ伊月の寝床。

 その傍らでは、寝起きの鏡夜がちょうど起き出すところだった。

「おはよう……」


 わかりやすく覇気の無い声。

 いつになく億劫そうで、精彩を欠いた挙動。

 極めつけが、見るからに眠たげな仏頂面。

「昨日、何時まで起きてたの?」

「(うるさい)」

 寝足りない朝にはたからあれこれ言われる腹立たしさは、伊月にも覚えがある。

 鏡夜が夢中になると分かりきった「玩具」を賄賂と与えた手前、伊月は素直に口を噤んだ。

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