RE048

 アストラルボディの末端から溶け込むよう足元の影へと沈み込み、置いていかれた黒姫奈ドォルも引きずり込んで。

 キリエは一人、伊月の影から這い出した。


「遅い」


 家の敷地からはとうに出ていた幼子こども

 その体を人気のない田舎道から拾い上げようとキリエが伸ばした腕に、機先を制するよう、完璧なタイミングで振り返った伊月が自分から飛び込んでくる。

 その体を受け止めて、元々そうしようと考えていたとおりに抱き上げるまでが条件反射。


 はたと我に返ったとき、キリエの腕の中では見目ばかり幼い〔花嫁〕がにんまりと、隠すつもりもなさそうな企み顔を浮かべていた。

「ご機嫌取りをさせてあげる」

 嬉しいでしょうと頬をなぞられ、キリエは素直に首肯する。


「あっちの方に開けた場所があるの、わかる?」

「わかるよ」

 伊月に許された思考を読み取り、キリエは自分の足では一度も訪れたことのない「集会所前の広場」へと影を渡った。



 手入れこそされているものの、人気がなく、どことなく廃墟めいた雰囲気の漂う集会所前。

「黒姫奈を」

 腕の中で大人しくしている伊月から言葉足らずに求められるがまま、キリエは一時保管していた影の中から眷属紛い、自動人形ドォルモドキの黒姫奈を引っ張り出す。

 程良く開けた周囲の状況も鑑みて。伊月が襟元にひっかけていたゴーグルを着け直した時点で、軽い「運動」の相手をさせられるくらいの心構えはしていたが。いざ蓋を開けてみれば、伊月の要求は、それほど単純なものではなかった。


「飛び方を教えて」


「飛び方……?」

 り糸の繋がった黒姫奈を地面へ下ろし、手足の延長感覚で使っている影への魔力供給を断ち切る。

 環境魔力エーテルへと溶けていく固有魔力オドの残滓を燐光のよう纏わり付かせながら。中腰の状態から立ち上がった黒姫奈の視線がキリエを捉え、弓なりにしなる。

黒姫奈わたしに重ねてアストラルボディを編んだら、実質戦闘機ドラグーンみたいなものでしょ?」


 暴論だが、その補足で伊月の意図するところはキリエに伝わった。


(出来そうな気はする)

 黒姫奈を竜体アストラルボディの内側へ取り込んでしまうこと、それ自体に問題はない。

 そのうえで、黒姫奈の繰り手である伊月とメビウスクラインを介して繋がったキリエが、デバイスと〔傀儡廻しマリオネッター〕の役割を肩代わりすれば。理屈として、伊月はキリエの分体が黒姫奈を巻き込んで編み上げたアストラルボディを使って飛ぶことができる。


 メビウスクラインを介して読み取ることのできる、伊月の表面的な思考も加味しつつ。その構想をおおよそ把握したキリエはなるほどなぁと、素直に感心した。

「そんなこと、よく思いついたね」

 それが伊月のご機嫌取りになるのなら。通常の戦闘機にマンマシンインターフェースとして組み込まれている〔クレイドル〕や演算装置の代わりに体よく使われたところで、キリエに不満はない。

 それどころか、怖がる〔花嫁〕を背中に乗せるなりして飛ぶより余程、それはキリエにとってさえ魅力的な提案だった。

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