RE046 貴臣と黒姫

 生乾きの頭で食卓についた、朝食後。

 食休みとばかり、幼い子供の体を母屋にある広間の端へと転がして。伊月は個人端末デバイスから〔傀儡廻しマリオネッター〕を起動する。


 生来のマテリアルボディに五感を残したまま、遠隔で義体を操る限定術式プラグインの限定起動。

 生身の徒人が行うには負荷がかかりすぎるはずの処理も、伊月にとっては慣れたものだった。




「それ、何をしてるの?」


 〔扶桑〕に属する固有領域内で黒姫奈ドォルを動かしながら。座椅子へもたれるようキリエに寄りかかっていた伊月が、かけられた声にやおら首をもたげる。

「……人形遊び?」


 自動人形ドォルの筐体を義体代わりに「隠れ里」の外で動き回っていること、それ自体を隠すつもりこそないが、その仔細を自分の口から説明するのはどうにも億劫で、気乗りしない。


「実際に披露されてはいかがでしょう。百聞は一見にしかずと言いますよ」

 そんな伊月の微妙な機微を汲み取って。呼ばれもしないのに姿を見せた自動人形オートマタ、八坂家に対する浸透作戦の一環として家事手伝いを買って出ていた扶桑式が何気ないふうを装い、親子の会話へ差し出口を挟み込む。

「見たって面白い物でもないでしょ」

「顔見せと考えれば、労力に見合うだけの意義はあるのでは?」

 二人分のグラスとピッチャーを盆に乗せ、伊月の元へと運んできた扶桑式は大して粘りもせず、他の手伝いがあると言って広間をあとにした。


 遠ざかっていく後ろ姿を見るともなしに見送って。広間と庭のあわいを抜ける広縁紛いの畳廊下に立ち止まったままの襲をちらと見遣った伊月は、不承不承の溜息を一つ。

「キリエ」

 大人しく椅子役に徹していたキリエは言外に告げられるがまま、固有領域内の黒姫奈ドォルを足下の影へと引きずり込んだ。


 ――とぷんっ。




「ん」

 キリエの膝上へずり上がるよう体を起こし、そのまま抱え込まれた伊月が指差す先。

 母屋の庭先へ、伊月にとって「もう一つの体」である黒姫奈の筐体が、キリエの手慣れた魔法によって連れ出される。


「〔杯の魔女〕じゃないか」


 その姿を一目見て。襲がぽろりと零した一言は、伊月にとって意外なものだった。

「知ってるの?」

「この辺りで知らない方がモグリだと思うけど……伊月ちゃんこそ、彼女とはどういう関係?」

「関係も何も……」

 伊月が見つめる先で、伊月自身の操るままに、魔術師のローブバリアジャケット姿の黒姫奈が言葉を発する。

黒姫奈わたしが死んで、伊月になったの」

「メビウスクラインの『前』と『後』よ」

「えー……」

 黒姫奈と交互に話してみせる伊月の言葉に、襲はあからさまに納得のいかない顔をした。

「どこからどう見ても、生きてるようにしか見えないけど」

「そういうふうに振る舞わせてるから」

だって、最初に言ったでしょ」

 〔傀儡廻しマリオネッター〕に使っている補助端末アクセサリの位置固定を解除した伊月が、これ見よがし襲の前でゴーグルを外すと。庭先に立っていた黒姫奈の体は糸の切れた操り人形マリオネットのごとくその場へ崩れ落ち……玉砂利の地面に体をぶつけるすんでの所で、足下の影から伸び上がった帯状の影に、脱力しきった四肢を絡め取られる。

 襲の前で、あえて黒姫奈の体を内側から動かしてみせなかったキリエの判断を褒めるよう、伊月は振り返りもせず伸ばした指先で、暇さえあれば飽きもせずすり寄ってくる吸血鬼の髪を梳った。


「もしかすると、ヴラディスラウス・ドラクレアの〔花嫁〕としては黒姫奈の名前が広まるかもしれないけど、気にしなくていいから」

「それについてはひとまずわかった、けど……伊月ちゃん、本当にの生まれ変わりなの?」

「ブルーブラッドシンドロームで記憶吹っ飛んでる間に名前を上書きされて、私は自分のことを『黒姫奈』と認識してるけど。その『黒姫ちゃん』が貴臣たかおみの妹のことなら、そうね」

「後見人は速見宿の桐生さん?」

「それ、向こうが勝手に言ってるだけで私は認めてないから」

「うわぁ……」

 襲がなんとも言い難い表現で見てくるのを、伊月は伊月で盛大に首を傾げて見返す。

「……何かあるの?」


「僕たち同い年の従兄弟だよ」


 襲の応えに、今度は伊月が名状しがたい表情を浮かべる番だった。

「どういう繋がりよ、それ」

「八坂の先代の弟、つまり僕の叔父さんが黒姫ちゃんたちのお父さん。黒姫ちゃんたちの後見人をしてた桐生さんの妹がお母さん」

「その血統で黒姫奈前の私が運動神経皆無だったの、納得がいかないんだけど」

「母方が魅縛特化の血筋だからかなぁ? 確か、一番上のお姉さんが〔三ノ宮〕だよ。桐生さんは言わずもがなだし、一番下の妹さんも、確か九尾の金狐を捕まえたとか」


「ガチのやつじゃない、それ」

 神門で「最も優れた魅縛士」の称号である〔三ノ宮〕は言わずもがな。唯一、護家八坂の本家筋という筋金入りの徒人と番っている貴臣と黒姫の母でさえ、その子供たちがどちらとも――黒姫奈に関しては前世からの因果メビウスクラインありきだとしても――ヒエラルキーの頂点に限りなく近い上等な吸血鬼ひとでなしを己の伴侶として捕まえているのだから、魅縛士としての血統は筋金入り。

「金龍に九尾……そんなの捕まえられる血筋の女が、護家の討滅士だろうと徒人を相手に選んだら長生きなんてできるはずがないって、まともに考えればわかるでしょうに。誰も止めなかったの?」


「止められるってわかってたから、駆け落ちなんてしたんじゃない?」

 黒姫奈として生きていた時分、自分自身の感情はさておき、損得勘定でヴラディスラウス・ドラクレアを生かしておいた伊月には理解しがたい話だった。

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