RE044 クロウ

 ぽんっ、と冗談のような効果音を伴って現れた気配が、頭の上に落ちてくる。


 を何気なく払い除けようとした伊月は、予想していた手応えの代わりに――しゅるり、と――持ち上げた腕へ纏わり付いてきた奇妙な感触に、ふと足を止めた。

「…………?」

 顔を上げたところで、頭の上に上手く乗っているらしい「何か」の姿を捉えることはできなかったが。片腕に纏わりついている方の「何か」が帯状の影であることは視認することができた。

 それが、どうやら伊月自身の頭の上から伸びていることも。

「また蝙蝠……じゃ、ないわよね?」

 伊月の体へこうも容易く取りつけているのだから、その正体がキリエであることに疑いの余地はない。

 それはそれとして。頭の天辺から後頭部にかけて張りついている、何かしらの生物らしき「柔らかな重み」の造形を咄嗟に思い描くことが出来ず。伊月はしきりに首を傾げながら、頭の上の「何かキリエ」の輪郭を探るよう、その体を無遠慮にまさぐった。

「(ドラゴンだよ)」

 ややくすぐったそうなキリエの念話こえとともに、伊月の背中を尻尾と思しき部位がてしりと叩く。

「つまり今、私の頭の上には本物の公が……?」

「(その言い方だと、普段の私が偽物ってことにならない?)」

 少なくとも、伊月がキリエのことを「小竜公」として敬っていないことは確かだった。


     * * *


「おはよーう」

 この時間帯であれば十中八九そこにいるだろうと当たりを付けていた、そのとおり。感覚的には夜遊びかつ朝帰りをキメている伊月あねとは違い、一晩ぐっすり休んだはずの鏡夜おとうとはいつもと変わらず、八坂の家の敷地内の道場で日課の朝稽古に勤しんでいた。


「おはよう。今日は遅かったな」

 板張りの道場で、それぞれ長さの異なる木刀を手に鏡夜と打ち合う相手役。

 外見的にはキリエとそう変わらない年頃の、男神使。クロウの応えに、伊月は「見て見て」と、頭の上から両手に掴んで持ち上げた小竜の体を揺らして視線を誘う。

「そろそろこういうの拾ってきてもおかしくない歳じゃない? 私たち」

「反応に困る冗談はよせ……」

 伊月が掲げる「ペット」に意識を取られたクロウ。その隙を突いて鏡夜が繰り出す強打は、元々の実力差もあって危なげもなくいなされた。

「(もっと下から斬り込まないと。身長差意識してコンパクトに立ち回って――)」

「(うるさい)」

 日常こそ低燃費キャラで通している鏡夜も、伊月の片割れ、黒姫奈の生まれ代わりには変わりなく。負けん気の強さは伊月とどっこいどっこい。

 カウンター気味に大きく弾かれた鏡夜は物知り顔で講釈を垂れる伊月を剣呑に睥睨すると、立ち回りも何もあったものではない愚直さで、再びクロウへと打ちかかる。

 生まれこそ双子と同じ徒人ではあるものの、今は歴とした神使。聞くところによると千年以上を人外ひとでなしとして生きているクロウを相手に、地脈からの魔力供給を受けてもいない神子――要するに徒人ただのひと――が正面から打ち合って勝ちを拾えるはずもなく。余程上手く不意を衝く他に、鏡夜がクロウへ一撃でも食らわせる目はないというのに。

「(一緒にやる?)」

「(ひっこんでろ)」

 双子として新たな生を受けた際、二分された魂の配分がどういう具合に作用したのか。鏡夜のそういう「男の子っぽい」ところは、伊月には今一つ理解しがたかった。


「御主は混ざらんのか?」

「鏡夜に嫌がられちゃって」

「ふむ……」

 いい加減、下ろしてほしそうに鬣紛いの影をわさわさと動かしはじめた小竜キリエを、被り物よろしく頭の上へと乗せなおす。

 その後ろを通り過ぎていった白。たった今、道場へやって来たばかりの元土地神は、壁の刀掛けから取り上げた木刀を一本、入り口近くに立ったままでいた伊月へ放って寄越す。

「では、妾がお相手仕ろう」

 投げ寄越された木刀は、伊月が手を出すまでもなく、小竜キリエが鬣紛いの影をしゅるりと絡めて受け取った。

「お手柔らかに」

「それはこちらの科白じゃな」

 どう見ても伊月のような子供の手には余る、太刀を想定した長さとずっしりとした重みを備えた木刀を、小竜キリエの「鬣」から受け取って。道場の入り口から離れた伊月は、あくまで稽古の相手として対峙する白に向かって、教えられたとおりの儀礼に乗っ取り頭を下げる。

 護家八坂の剣士としては伊月の先達である白も、すんなりとそれに倣った。

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