RE042 マキナ

 お互いの余剰魔力を混ぜ合っているどころか、魔力の出所が同じなのだから、至極当然のこととはいえ。余剰魔力というクッション越しでもない体を直接、ドラゴンの前脚で鷲掴みにされた状態で空へ連れ出されるという、ありがたくもない初体験を終えて。


「酷い目に遭ったー……」

 沖の浜セントラルタワーの屋上へと下り立ったキリエ。

 その前脚から解放された黒姫奈伊月はそのまま、ヘリポートのざらついた地面にへたり込む。

「(そんなに?)」

 土下座一歩手前の角度。

 前のめりになった上体と地面との間へ鼻先からねじ込まれる銀竜キリエの頭は、されるがままにだらりと垂らした黒姫奈伊月の両手がぎりぎりで回りきらないほどの大きさ。

 龍へと転変した嶺よりも小柄ではあるものの、元が「少年姿のキリエ」だと思えば納得のいくサイズ感ではあった。

「(汚れるよ)」

 伸びすぎた鬣のよう垂れ落ちて地面を這う影の一部が、銀竜キリエの頭に乗せられて動かない黒姫奈伊月を支え、その体を下から持ち上げようとするキリエ自身の手助けをする。

 膝が伸びきり、地面を僅かに離れた爪先。ぶらりと揺れる足もそのままに、黒姫奈伊月銀竜キリエの頭の上で目を伏せた。


「もう起きる」




 端から自重を支える気も無く、されるがままになっていた体から確かな意識までもがふつりと失せて。

 無造作に預けられた傀儡からだを、キリエはひとまず、巻きつけた影を操り頭の上から持ち上げる。

「義姉上……?」


 くったり脱力した体をキリエの「影」に吊り上げられた黒姫奈と、それを見つめる銀竜キリエ


 座標指定の転移ではなく、セントラルタワーの屋上から一段高く作られたヘリポートへの階段をわざわざ上がってきた実弟ラドゥの、一目見た状況を訝しむような声に。キリエは黒姫奈マテリアルボディの外で動かしていた銀竜の姿形アストラルボディを解体したのち、八坂伊月として本来の体での活動をはじめた伊月に代わって、中身不在の黒姫奈からだを操った。

「もういない」

 二メートル弱の高さから、銀竜アストラルボディの残滓――状態拘束を解かれ、環境魔力エーテルへと還る寸前の魔力――をクッション代わりにふんわりとした着地を果たす。……そんな、細やかな制御を必要とする魔力操作にも、これといった違和感は無い。

 キリエの魔力炉たましいの一掬いは、混ざり合った転換炉――その核として使われていた魔晶石マテリア――を媒介に、黒姫奈の体へすっかり馴染んでいた。


「その体、昨日はドォルでしたよね?」

「マキナの異能まほう

「理屈は理解できますが……」

 黒姫奈の体でキリエが与えた一瞥に、ラドゥは口にしかけた言葉を呑む。

「〔花嫁〕をみすみす死なせた吸血鬼のことを、殺された当人がそこまで信用できるものですか」

 それが一度は呑んだ言葉の続きなのか、それとも全く別の話なのか、キリエにはわからなかった。

「何が言いたい」

「もしも僕が兄上と同じ立場だったとして、栞菜かんなに死を望まれたときそれを許してやれるかといえば、そんなのは絶対に御免です。同じ吸血鬼だからこそ、僕は兄上がどれほどの忍耐を強いられたか理解できる……。けれど、許された死こそが愛情の証明だと理解しているのだとしたら、義姉上は少しばかり〔花嫁〕として出来すぎているのでは? 

 まるで――」


「まるで、そう在るべくして在るかのように?」


「……何か、心当たりでも?」

 あるかないかで言えば、キリエにはラドゥが言うところの「心当たり」が、確かにあった。

「お前はいつも、肝心なところを見落とすな」

 少し考えれば分かるはずだと言外に匂わせば、ラドゥの柳眉が僅かに歪む。

「もったいつけないでくださいよ。兄上が死んだふりを決め込んでいたこの十年、誰がその尻拭いをしていたと?」

「それはお前の勝手な性分だろう」

「献身的な弟にたまの褒美をくれても罰は当たりませんよ」

 最初からもったいつけているつもりもないキリエは、どうしてわからないのだろうと、ラドゥの抱く疑念がいっそ不思議なほどだった。

「お前、私があれにと思っているだろう」

「思うも何も、事実では? 徒人ダンピールとしての命とはいえ、心中してやるくらいにはあの聖人クルースニクのことを気に入っていたんでしょう? 見初めた〔花嫁〕が名無しであれば、思い入れのある名前を付けるくらいのこと、誰だってやりますよ」

 果たしてそうだろうかと、キリエは自問する。

 そも。〔花嫁〕の名付けに使うほどの「思い入れ」を〔花嫁〕以外に抱けるほど、吸血鬼という種は生き物としてまっとうに設計されてつくられているのだろうか……と。


 無論、キリエにとっての答えは「否」だった。


「私はそこまで酔狂じゃない。

 踏み台でしかない命だろうと、くれてやるのはマキナにだけだ」

「…………まさか、」

 キリエがそこまで言ってようやく、本来であれば見過ごしようのない可能性へと思い立った様子のラドゥ。

 その顔色がみるみる変わっていくさまは、自分が「三番目」だと聞かされた当人より余程、真に迫っていた。


「義姉上が、あの女の生まれ変わり……?」

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