RE041

 滲む輪郭とともに、膨れ上がる存在感。

 徒人ひとの姿形を模した擬態から本性へと立ち戻り、大きく開いたあぎとを前面に、猛烈な勢いで迫る金色の龍。

 りょうおとがいを、食らいつかれるすんでの所で、足下の影から伸び上がった「手」がばちんっ、と叩き上げる。

(さすがに迫力がすごい)

 ばくんっ、と無理矢理に口を閉じさせられた金龍は、獲物へ食らいつこうとした勢いもそのまま、急上昇。黒姫奈とキリエの目と鼻の先を掠めるよう、上空へと翔上がっていった。

「(そう言えば、お前――)」

 その姿をひとまず見送ったキリエが、両手に抱え上げた黒姫奈伊月へと視線を戻す。


「(ドラゴン、見たことがないんだっけ?)」


(えっ)

 次の瞬間、黒姫奈伊月は思いがけず悲鳴を呑んだ。




「(せめて背中がいい!!)」

 徒人から、竜のそれへ。

 アストラルボディを構成する魔力の状態拘束ていぎをざっくりやり直し、金龍を追って空へと飛び上がったキリエの「手の中」で、珍しく取り乱した様子の黒姫奈が叫ぶ。

「(さすがに落ちるよ)」

 片親ドラクル譲りの因子により、竜として振る舞うことそれ自体には少しの困難もないとはいえ。生憎と、キリエに人を乗せて飛んだ経験は皆無。遊覧目的ならまだしも、騎乗経験のないド素人を乗せた状態で、その安全に配慮しながら初対面の龍と殴り合えるほど、竜として振る舞うことに慣れてはいなかった。

「(えっ、ちょっ……待って待って待って! この視点普通に怖いんだけど!?)」

「(お前の怖さの基準がよくわからない)」

「(自分で制御できないのは無理なの! ジェットコースターとか!!)」

「(ふぅん……?)」

 蛇が地を這うような飛び姿。

 のたうつよう身をくねらせて迫る金龍が、鉤爪のついた四肢と長い体とで組み付こうとしてくるのを、キリエは鬣のよう垂らした帯状の「影」を使って弾く。

「キシャーッ!」


「(ひぐっ)」

 黒姫奈が本格的に泣き出しそうな気配を察して。

 キリエはぱかっ、と大口を開けた。


 吐き出した魔力が、鼻先へ描いた魔導円サークルを通って金龍を直撃する。

「あっ」

 いわゆるブレス。

 その、拡散放射。


 貫通力はないが、その分範囲が広くとれ、竜種同士の闘争に魔術は邪道とばかり取っ組み合いステゴロを仕掛けてくるような手合いを手っ取り早く黙らせるには効果覿面……などと、混ざりものダンピールとはいえひとまずのところ徒人ひととして生まれた息子相手にいらぬ講釈を垂れた竜公ドラクルの得意顔がふと、キリエの脳裏を過った。

(役に立ってしまった……)

 金龍の無力化には成功したが、後味がよろしくない。

(ラドゥに見られたかな……あとで口止めしておかないと)

 そのためには多少の荒事も止むなしと。中空に留まったまま、キリエは天高くそびえ立つ沖の浜セントラルタワーの上層を一瞥した。


「(死んでない……?)」

「(この体で、なんの準備もなくそんな火力出ないよ)」

 キリエのブレスをまともにくらい、海へと墜ちていった金龍が翔戻ってくる気配はない。

 余程の愚鈍でなければ、しばらくは死んだふりを続けるだろうと。ある程度の警戒は保ったまま、キリエは徒人のそれより長い首を巡らせ、両手に抱えた黒姫奈を覗き込む。

「(背中、乗る?)」

「(…………乗らない……)」

「(そう?)」

 黒姫奈がそう言うならと。あっさり首を引いたキリエはそのままなるべくゆったり飛んで、沖の浜セントラルタワーの屋上へと下り立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます