RE038

 転換炉に混ぜ込んだ魂、ひいてはそこから汲み出され、幻想器の運用に使われる魔力がキリエのものであるせいか、〔ロンギヌス〕は意外なほど黒姫奈伊月の手に馴染む。

 特定の個人、それも災厄級カラミティによる運用を前提とする幻想器など、下手に他人が手を出せば魔力どころか命がいくらあっても足りないだろうに。〔ロンギヌス〕からの反発どころか、どこかしらにあって当然の扱いにくささえ感じられないまま、黒姫奈伊月はその穂先に都築を捉えた。


 起動状態の〔ロンギヌス〕へと流し込んだ魔力は使い捨てを前提とする「枝」の生成へと充てられ、都築のアストラルボディをその内側から喰い破る。

「デミドラシルは卑怯だろ……」

 神性魔力を持たない魔性にとっても、他人の魔力で体内を蹂躙されるというのはそれなりに不快なようで。痛覚の遮断をぎりぎり間に合わせたらしい都築が身動ぎ一つままならない状態で力なく呻く様を、黒姫奈伊月は勝ち誇った顔で見下ろした。

「いい気味よ」




 内に秘めた魂の輝きを映すよう、煌めくオニキス。


(嗚呼――)

 そのを見て、都築はようやく確信する。

「お前、やっぱり綺麗だな」

 痛みがないのをいいことに、縫い止められたアストラルボディが傷付くのも構わず伸ばした手は、都築にとって誇らしいばかりの作品おんなへと届くことなく切り落とされた。

「触れるな」

 一瞬でもその真贋を疑ってしまったことが、今となっては信じられないほど。どこからどう見ても、黒姫奈でしかありえない人形モドキ。

 その傍らへと姿を見せた、人外ひとでなし。都築が初めて目にする少年姿の王は、どうやら随分とお冠のようで。

(そりゃそうか)

 長命種メトセラの中でも竜種並に伴侶への執着が強いとされる吸血鬼。それも、自分より強いとわかりきった相手の〔花嫁〕へ手を出すことのリスクを頭では理解していても、その美しさを永遠のものにするという欲へ抗えない。

 それが、都築という人形師ドォルマイスターのどうしようもないところ。

(私だって、アスタに手を出されたら――)


「ちょっとは懲りなさいよ。まったく……」

 頑是無い子供を窘めるような声を最後に、首を落とされた都築の意識はぱつん、と途切れた。




 〔杯の魔女〕が使えたなら、アストラルボディから取り出した魔力炉たましいを適当な置物にでも嵌め込んで都築の〔花婿〕へ送りつけてやったのだが。黒姫奈ドォルの身ではそうもいかない。

「治療はなし。このまま十年くらいしまっておいて」

 かといって、わざわざ異能が使える体をとってくるのも面倒で。都築相手にそこまでの手間をかけるのも癪だと、〔ロンギヌス〕から解放した血塗れの体を、黒姫奈伊月は足場代わりに使っていた〔盾〕の上から蹴り落とす。

 用の済んだ幻想器は〔盾〕の上でキリエのそれと不自然に繋がった、影へ。

「アスタロトが寂しがるようなら、固有領域への拘禁に切り替えていいから」

 地上めがけて一直線。真っ逆さまに落ちていく都築の体は、無関係の通行人へ被害を出す前に、〔扶桑〕が開いた魔導円サークルへと呑まれて消えた。

「パンデモニウムへの連絡もよろしく」


 後始末を〔扶桑〕へ丸投げした黒姫奈伊月は空中の〔盾〕を足場に二ブロックほど移動して、比較的人通りの少ない路地へと下り立つ。

 魔力炉の都合で黒姫奈ドォルからあまり離れられないキリエは、黒姫奈伊月が移動しはじめた時点で一旦、実体がぎりぎり保てる程度の魔力で維持しているアストラルボディを解いた。そして、黒姫奈伊月が地に足をつけのんびり歩き出す頃合いを見計らい、その傍らへと張りぼての体を再構築する。

「どこ行くの?」

神門みかどの支部」

 黒姫奈伊月の反応を窺いつつ、そろりと絡めた腕が振り解かれることはなかった。

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