RE037 都築

「げっ……」


 姉に甘える弟のよう無邪気に伊月と腕を絡め、満足そうにしている吸血鬼。

 見慣れた姿よりも頭一つ分か、もう少し縮んだキリエを連れ、黒姫奈伊月が部屋を出ると。ポータルホールへ向かう途中。レジデンスのロビーでばったり、旧知の女吸血鬼と出会した。

「タイミング良すぎかな?」

 巷では〔いないいないいないめかくしかくれんぼ〕などと呼ばれ、それなりに怖れられているシリアルキラー。

 腕の良い人形師ドールマイスターではあるのだが。ひとたび気に入ってしまえば、たとえ「絶対に手を出すな」と〔花婿〕から厳命されている義理の妹しんぞくだろうと、自分の作品ドォルにしてしまわなければ気が済まない精神病質者サイコパス

「扶桑――」

 十年前、黒姫奈がうっかり死ぬ破目になったそもそもの原因であるところの、ろくでなし。

 都築つづきとの思いがけない遭遇に、黒姫奈伊月はにっこり笑って十字を切った。

「窓、割るわよ」

 ありとあらゆる人外ひとでなしを迫害し、その殺戮を推奨するへの祈りの仕草を真似たことで、隣に立つキリエがくしゃりと顔を顰めたが。知ったことではない。


 黒姫奈の姿を認めるなり、無駄な足掻きと知ってか知らずか、素早く転身。そのまま脱兎の如く、一目散に逃げ出した都築。戦闘能力に秀でた〔灰被り〕の血統でありながらなんとも情けない姿を晒す女の背中へ、黒姫奈伊月は有り余る魔力に物を言わせ、いとも容易く肉薄した。

「つーづーきーちゃーん」

 余裕をもって振り抜いた足が張り巡らされた余剰魔力ごと都築を捉え、力任せに進行方向を変えさせる。

「あーそーびーまーしょー」

 超高層階ということもあり、魔術的な保護と強化が施され、事実上の破壊不能オブジェクトと成り果てている外壁を構成する硝子の一部は、都築の体が激突する衝撃の前にがしゃんと砕けた。

「知っての通り、私ってば隠れ鬼かくれんぼがちょーっと苦手みたいだから。ハンデってことで、普通に鬼事おにごっこでいいわよね?」

 ロビーの照明をきらきらと反射しながら落ちていく硝子の破片は、その全てが落下の途中、現れた魔導円サークルへ触れた端から第一質料にまで分解されていく。

 あとには塵一つ残らず、唯一魔導円サークルによる分解を免れた都築は、何も無い宙へ魔力を足場に踏み留まった。

「まじか……」


「マジですけど?」

 直後、都築を追って飛び出してきた黒姫奈伊月の得物と、都築が咄嗟に集めた魔力とがぶつかり合い、盛大なスパークを散らす。

「ドラクレアが頭おかしくなってるわけじゃないんだよなっ!?」

「なぁに? それ」

 都築に借りを返すつもりならと、キリエが寄越した〔ロンギヌス〕。

 こと、頑丈さにかけては右に出るもののない槍を手に、黒姫奈伊月はにたりと口角を吊り上げた。

「世界よりも自分の心配しなさいよ」


 楽には死なせてやらないぞ……という物騒な副音声が、都築にははっきりと聞こえた。

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