RE031 八坂の白姫

「御主が鏡夜かえ?」

 土地神によって閉ざされた護家の隠れ里。

 八坂の家の庭先から、離れの双子の部屋こどもべやへひょっこり顔を覗かせた、

「……誰?」


 その第一印象は、白。


 鏡夜と伊月。八坂の双子より三つか四つほど年嵩に見える少女は、開け放たれた窓の向こうで勝ち気な表情を浮かべ、ありもしない胸を張る。

「妾は白。八坂の白じゃ」

(誰だ)

 名乗られたところで、鏡夜に思い当たる節はなかった。


 白と名乗った少女が見かけ通りの子供だったとしても、そうでなかったとしても。いちいち相手をするのは面倒だ、と――

「(伊月――)」

 助けを求めるというより、面倒事を押しつけるつもりで喚んだ双子の片割れが、鏡夜の傍らへ文字通りに降って湧く。

「――なぁに?」

 鏡夜の魂胆など、わかりきっているのだろうに。鏡夜だからこそ、そんな他力本願を咎めもしない。

 一方的に呼びつけられ、面倒事を押しつけられようとしているのに機嫌を悪くするような気配もない伊月は、鏡夜が軽く顎をしゃくって見せた先に目を丸くした「白」の姿を認めると――「嗚呼――」と、得心いったよう瞬いてから――余所行きの笑顔を浮かべ、双子と面識のない少女へ向き直った。

「襲が言ってたお姫さま?」

 元々、伊月へ丸投げしてしまうつもりでいた鏡夜はその時点で、手元に開いたままの本へと視線を戻す。

「襲が姫と言うたなら、妾のことで相違あるまい。そう言う御主は――」




「――マキナ」


 恨みがましい声と魔力が、伊月の体を絡め取る。

(うわっ)

 足下の影から伸び上がった「手」に引き倒されたのだと気付く頃には。尻餅をつくような形で座り込むことを余儀なくされた伊月の体を、自前の黒衣に頭の天辺からすっぽりと覆われたキリエの両手が、藻掻く余地もなくひしと捕まえていた。

「置いていかないで……」

 耳元で零される、弱り切った男の声。

 アストラルボディとして存在する二本の腕どころか、それ以上の「手」が体へ巻きついてくる感触に、目の前から〔花嫁〕が消えたくらいで狼狽えすぎだと、伊月は呆れ混じりの息を吐く。

「(メビウスクラインがあれば見失いっこないし、すぐ追いかけてこられるんだから。いいでしょ、ちょっとくらい)」

「(よくない……)」

 そう言われても。鏡夜が喚べば、伊月はいついかなる時であろうとそれに応えるつもりでいるし。その時、キリエを伴うことは――双子が使う方法上――難しかった。

 そも。キリエのは理屈を捏ねたところでどうにかなる類のものでもなし。


「なんともまぁ、御主も大変そうじゃの」

 庭先の「白」が伊月へと向ける視線には、早くもわかりやすい同情が滲みつつあった。

「えぇ、まぁ……それなりに?」

 鏡夜は我関せずと本の虫。

 とはいえ鏡夜に関しては、そういう役割分担だと、伊月も割り切っているのだが。

「ところで御主、襲の娘御じゃろう? 名は伊月ではなかったか?」

「そうですよ。でも、前世の記憶持ちメビウスクラインなので」

「なるほど。前世むかしの名か」


 メビウスクラインなので。


 それである程度、話が通じてしまう程には。長命種メトセラの執着によって魂を漂白され損なった生まれ代わりメビウスクライン徒人ひとがある日突然「前世の記憶に目覚める」などということが、この世界では「稀にあること」だと広く認知されている。

 便利なものだと、他人にわざわざ告げるのもおかしな事実を伏せたまま、伊月は子供らしさの欠片もない愛想笑いを「白」へと向けた。

「あなたのことはなんとお呼びすれば? ……先代様ひめさま?」

「弟御にも名乗ったがの、妾のことは白でよい。御主を差し置いて姫は名乗れんじゃろ」

「私も姫って柄じゃあ……あぁ、はいはい。わかったわかった。――じゃあ、白さまで」

「うむ。よかろう」

 よくわからないタイミングで体を締めつけてくるキリエを片手間に宥めすかした伊月は、これまたどういう理由わけか、爪先から影の中へと沈みかけていた足を引き上げ、ついでとばかり余計な「手」を引き剥がしにかかる。

 ヴラディスラウス・ドラクレアの代名詞でもある「杭」と同系統の、〔真祖〕の血統固有魔法で形作られた「手」が、徒人の物理干渉にどうこうされる道理もなかったが。そこはそれ。キリエに抵抗の意思がなければ、それらは伊月の手によっていとも容易く、ぶちぶちと引き千切られていった。


 下半身が自由になったところで、キリエから引き倒されてそのまま投げ出していた足を引き寄せ、庭先へ立ちっぱなしの白を部屋へと招く。

「上がってどうぞ?」

「うん? 良いのか?」

「単に顔見せに来ただけなんですか?」

「いや、幾つか話がある。襲が込み入った話は御主とするように、と言うのでな」

(丸投げしたな……)

「弟御に声をかければすぐに戻ると言うたのは襲じゃが、ほんにすぐじゃったの」

 庭から濡縁、開けっぱなしの窓から部屋の中へよっこら上がり込んだ白は、至極自然な流れで下座に腰を落ち着けた。

 伊月としては、座布団の一つも出そうと思わないでもなかったが。背中越しにしがみついてくるキリエが立ち上がることを許してくれなかったのだから、仕方が無い。

「込み入った話なら、扶桑も呼びますか」

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