RE029

 いわゆる天然モノ。

 キリエの魔力炉を混ぜ込んだ転換炉が生み出す魔力の性質は「無色の魔力マナ」から固有魔力オドのそれへと傾き、黒姫奈ドォルの体は最早、攻性魔術の行使を可能とするため、転換炉の出力を通常時のそれから更に引き上げる……といった自動人形特有の手間さえ必要としなくなっている。

 そうしようと意識すれば、ただそれだけでなめらかに練り上がる魔力。魔力の生成量と合わせて拡張された魔術演算領域へ自前の魔術式スクリプトを流し込み、黒姫奈ドォルはその手に魔力を掴んだ。

(ひゃー……)

 瞬くほどの間に、練り上げ、集めた魔力が実体化する。

(これ、すごっ)

 伊月にとっては見慣れた「刀」の形を真似た、魔力の塊。

 端から使い捨てるつもりでそんなものを作り出してしまえるのも、黒姫奈ドォルへ混ぜた魔力炉たましいが、常人にはちょっとやそっとのことでは生み出せない規模の魔力をいとも容易く生み出してみせるからこそだった。




「キリエが反撃するのはなしだから」

 八坂伊月いまの体より余程丈夫で、遊び甲斐のある玩具。

 伊月が黒姫奈ドォルへと向ける視線はまさしく、よくできた「道具」を見るそれ。

 翻って、黒姫奈ドォルが伊月へと向ける視線には、どこか冷ややかなものが混じる。

黒姫奈わたしに反撃できるものなら、見てみたい気もするけど」

 魔力に対する状態拘束で作り出した刀を手に、伊月を抱くキリエと伊月自身からある程度、離れた場所に立っていた黒姫奈ドォルが走り出す。

 直線的に距離を詰めようとする動きに対して、キリエの腕に大人しく抱かれたままの伊月は、個人端末デバイスからインストール済みの限定術式プラグイン高速起動クイックキャスト。キリエのものと混ざり合った余剰魔力から必要な魔力リソースを吸い上げ、単発の〔魔弾〕をダース単位で黒姫奈ドォルへと撃ちかける。

 術式任せと思しきランダムな軌道で迫る〔魔弾〕の数々を、黒姫奈ドォルは身軽な動きで次々と避け、それが難しいものは手にした得物で斬り払いながら、少しずつ伊月との距離を詰めていく。

「防御は?」

「黒姫奈じゃ抜けない。避けるだけにして」

 見るからに楽しげな黒姫奈ドォルの様子に、過去の嫌な記憶を刺激され、さっさと逃げ出してしまいたいような心地でキリエが問うと。黒姫奈ドォルより幾分、澄ました表情を保っている伊月からは、キリエにとってぞっとしない答えが返された。

「抜かれたら困る……」

「余剰魔力だけならワンチャンいけるかもしれない、っていうのがいいんじゃない」

「よくない……」


 〔魔弾〕の雨をくぐり抜け、いよいよ、キリエの目前へと迫った黒姫奈ドォルが手にした得物を振りかぶる。

 その刃を真っ向から受け止めるよう伊月が翳した〔盾〕は大した時間稼ぎにもならず、伊月を抱えたキリエが後退るよう飛び退いた直後、伊月とキリエの魔力が混ざり合った余剰魔力を、黒姫奈ドォルが纏うキリエの魔力がざっくり抉っていった。

 黒姫奈ドォルを操っているのが伊月である以上、黒姫奈と伊月、どちらかへ明確に肩入れすることは躊躇われる……などと、キリエが考えている限り。伊月を守る余剰魔力は黒姫奈ドォルに対して、その役割を十全に果たせない。

「私の魔力、もっと使えば良いのに」

 それでも、魔力量で圧倒するなり、黒姫奈ドォルを封殺する方法はあるのだが――

「だーかーらー、それやると黒姫奈わたしの攻撃が通らないんだってば」


 黒姫奈ドォルの中にキリエの意識の一端があるように。黒姫奈ドォルを操っているのは伊月自身だと、わかっていても。だんだん、黒姫奈と伊月にで虐められているような気分になって。キリエは深く、憂鬱混じりの息を吐く。

「……楽しい?」

「思ってたより、かなり」

 伊月が本当に、心から楽しそうにしているのが、キリエにとって唯一の慰めだった。

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