RE027

「そうだ……」

 ふと閃き顔を浮かべた伊月が、キリエの影へと手を伸ばす。

 その指先は、そこにあるベッドを素通りする形で、シーツに落ちた影へとぷりと沈んだ。

「……うん?」

 それはキリエの影が、伊月の異能の及ぶ領域であるからに他ならない。


「私のいのちが欲しいの?」

 ベッドの上で大きく傾く伊月の体を、万が一にも支える傍ら。キリエは果たしていつのことだったか、他者とは異なる「眼」を持つ黒姫奈から「眩しくてたまらない」と訴えられて以来、亜空間へと押し込めたままにしている魂を、伊月の手と目の届く距離まで引き寄せた。

「私が言えたことじゃないけど……嫌がるでしょ、普通」

 キリエ自身の認識はもとより、伊月の異能による判定もまた「キリエの身体の一部」ということになっている、影の中。傍目には黒く塗り潰したよう見えるばかりの「黒」へ肘までどっぷり沈めた腕を揺らし、伊月はその小さな手の平へほんの一掬い、キリエのいのちそのものをからだの中から掴み出す。

「お前が殺してくれるなら、それはそれで幸せな終わり方だよ」

 生きたまま引き千切られる魂に、不思議と痛みは伴わなかった。


「キリエって、私に何されたら嫌なの?」

 わかりやすくむくれて見せた幼子。作り出したばかりの輝石を胸元に抱えた〔花嫁〕が、今度こそ、キリエを置いてベッドを下りていく。

「自殺」

「それ以外で」

「……浮気?」

人外ひとでなしはだいたいそうでしょ」

 呼ばれてこそいないが、付いてくるなとも言われなかったキリエが、ぺたぺた裸足の足音をさせながら部屋を出て行く伊月を追うと。その後ろ姿はあっという間に中庭を抜け、「黒姫奈の城ガレージ」へと消えていく。


「ねぇ――」

 固有領域の中にいて、伊月が危険に晒されることもそうありはしないだろうと。おっとり構えたキリエが、単なる開口部でしかないガレージの出入口まで辿り着く頃。

 伊月はとっくに、黒姫奈として生きていた頃の仕事道具、自動人形ドォルたちのメンテナンス用にずらりと並べた〔クレイドル〕の傍らで足を止めていた。

「どっちがいい?」

 示された二つの〔クレイドル〕。その中に沈められた自動人形ドォルの顔をそれぞれ確かめ、キリエは単純に、自分にとってより馴染みのある筐体からだを――「こっち」と――選ぶ。

「だと思った」

 キリエの答えに薄く笑った伊月の手が、水風船のよう表面だけが僅かに硬い緩衝液を突き破り、起動状態の〔クレイドル〕へ横たわる自動人形ドォルの胸まで沈み込む。

 程なく引き抜かれたその手からは、作り出したばかりの輝石が消えていた。


 徒人や長命種メトセラが生まれながらに持つ魔力炉たましいの構造を真似て、魔力を生み出す転換炉。

 出来損ないのホムンクルスへ埋め込まれた動力源を「擬似的な魂」と定義して、伊月の異能はドォルやオートマタの筐体ボディにさえも干渉しうる。

 ドォルの筐体に元々埋め込まれていた転換炉マテリアへと混ぜ込まれた輝石が再び、魔力炉としてその大きさ相応の魔力を生み出しはじめると。伊月のような異能を持たないキリエにも、その事実がはっきりと感じられた。

「私にくれるの?」

 育ちすぎた人外ひとでなしが、自らの魂を分割して作り出す眷属ともまた違う。一人分の自我が、キリエ自身の思う「本体」とたった今、伊月の異能によって作り出された「分体」、明確に分かたれた二つの身体に跨がって存在する奇妙な感覚を、キリエは興味深く享受する。

「そんなわけないでしょ」


 据置型のコンソールへ乗せられていたゴーグル――個人端末デバイスとの連携を前提とする補助端末アクセサリ――を手にした伊月が、キリエに向かって片手を差し出す。

「私のデバイス」

 そういえば。一眠りする前に預かってそのままだったか……と、キリエはポケット――あるいは、鞄――代わりの亜空間をごそりと探った。

「……〔クレイドル〕は?」

 見つけ出した懐中時計型の個人端末デバイスを差し出せば、伊月はその接続部分へ、ゴーグルのから引き出した銀線を繋ぐ。

 伊月のゴーグルが〔クレイドル〕の代わりをする補助端末アクセサリであることを、キリエはきちんと把握していた。

「こっちの方が慣れてる」

 手近なところにあったコンソールへ寄りかかるような素振りを見せた伊月が見つめる先で、寝台型〔クレイドル〕の一つを満たしていた魔水が環境魔力エーテルへと還元される。

 伊月の前世である黒姫奈の体を使って作り出された自動人形ドォルは、まるでたった今、眠りから目覚めたかのようなめらかに起き出し、キリエを振り返った。

「心配しなくても、今更〔傀儡廻しマリオネッター〕で事故ったりしないわよ」

「一応これで稼いでたわけだし」

 一人で二つの体を動かしながら、同時ではなく交互に話してみせる器用な伊月を、キリエは両手に抱えて捕まえる。

「……傍から見るとさすがに犯罪臭いわね」

 顰めっ面の黒姫奈にあまり良い思い出がないキリエは、慰めを求めて伊月に頬をすり寄せた。




「扶桑ー、黒姫奈名義の身分証用意してー」

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