RE024

 伊月がそっと両手に包んだ魂を、天使の体から引く抜くと。弱々しい炎の揺らめきが、丸めた手の中で凍りつく。

 魂を抜かれ、必然的に息絶えた天使の体は〔ロンギヌス〕によって食い尽くされた。


 残された輝石を、伊月は思わず……といった具合に真顔で見下ろす。

 異能を介して視ていた炎と同じ色に煌めく「魂そのものの結晶」は、今にも消えかけていたいのちの大きさを反映して、伊月の親指ほどの大きさに凝り固まっていた。

「さっきの魔力がほとんど残ってない……たったあれだけの接触で、こんなに消耗するの……?」

 天使に触れれば多少の影響はあるだろうと、万全を期すつもりでキリエからの魔力供給を受けはしたものの。「さすがに過剰だ」と感じていた魔力が、実際にはぎりぎりの量だったのだと気付かされ、伊月はひくりと口元を震わせる。

「それ、持ってて平気?」

「違ううつわに移すまでは……多分」

 わかりやすく顔を顰めたキリエが差し出してくる手の平へ、素直に輝石を預けてしまえるほどには。伊月にとって、天使との接触による魔力の消費量は衝撃的な規模だった。

「扶桑」

 伊月から受け取った輝石を、キリエは対岸から池を迂回してきた扶桑へと投げ渡す。

「ティル・ナ・ノーグへ持ち帰り、詳しい解析にかけてもよろしいでしょうか」

 危なげなく受け止めた輝石を手に問うてくる扶桑へ、伊月は「そうね」と悩みもせずに応えた。

「私が玩具にするのも具合が悪そうだし。そっちで精々、有効活用して」

「ご高配に感謝申し上げます」

 言葉通りの意図に加えて、「自分の手に負えない代物なのでは?」という疑念が三割ほど混じった返答。

 突然ともとれる伊月の心変わりに対して、扶桑はそこにあって当然の疑念を表に出す素振りも見せず、自らの元へと喚び寄せた応援要員オートマタの一体へ、伊月からの預かり物を手渡した。


「見たところ大丈夫そうではあるけど。影響は?」

「放出された神性魔力は、その大半が主上の魔力と相殺されました。周辺環境への影響は極めて軽微です」

 下草を汚す天使の血を、扶桑が土ごと掘り起こすという荒技で片付けてしまえば、そこに天使が存在したという証拠さえも残らない。

「キリエの過保護もたまには役に立つわね」

 宙に浮く装甲あしばから、再びキリエの腕へと抱え上げられ、伊月ははふりと息を吐き出した。

「疲れた?」

「ちょっとね……」

 天使に触れている間、それこそ湯水の如く失われた魔力は伊月自身のものではないとはいえ、伊月の体から大量の魔力が急速に失われたという事実は変わらない。

 元々キリエの魔力で誤魔化していた貧血がぶり返してきたのか、ぐらつく頭をキリエへ預け、しっかりと両手に抱え込まれた体を、伊月はぐったり脱力させた。

「扶桑」

「あとのことはお任せを」

 怠さに負けた伊月が止めもしないのをいいことに、キリエは伊月を連れて特級封鎖がなされたままであるはずの地域から離脱する。


 束の間の浮遊感と、一瞬の暗転。水にもぐったような圧迫感を経て、柔らかなベッドに下ろされた伊月は、されるがままに四肢を投げ出した。

 バリアジャケット代わりに被せられていた薄布は用済みとばかり「魔布」という状態拘束ていぎを解かれ、端からその形を崩し、環境魔力エーテルへと溶けていく。

「キスしていい?」

 礼儀正しく情緒に欠けたに、伊月はそっと目を伏せた。

「駄目」

 そしてまたすぐ、閉じたばかりのまなこを開くと。案の定、「おあずけ」をくらった情けない吸血鬼の顔が目と鼻の先にあって。

「――って言ったら、しないの?」

「勝手にしたら怒るくせに……」

 わかりやすく恨みがましい目を向けられ、伊月は控えめに肩を揺らして笑う。

黒姫奈むかしの話でしょ」

 その言い草に虚を衝かれたような表情を見せながらも、疑り深いキリエは恐る恐るといった具合に伊月へ口付けた。


 やんわり触れた唇をこれまたゆっくりと離し、伊月の様子を慎重に窺いながら、もう一度。

 戯れのようなキスを何度か繰り返してから、どうやら大丈夫そうだと伸ばした舌で唇を割る。

 そうして。口の中へぬるりと入り込んできた舌に、伊月はがぶっと噛みついた。

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