RE017

(僕の娘つっよ)

 その根底に、自らがヴラディスラウス・ドラクレアにとって唯一無二の〔花嫁〕であるという、揺るぎない自負があるのだとしても。よくもまあ、ああもわかりやすく頭へ血を上らせた人外ひとでなし――それも、串刺し公カズィクル・ベイなどと綽名されるほどの教会嫌い――を相手に、言霊へ頼ることなくあれほど強気に出られるものだと。

 感心するやら、末恐ろしいやら。暴力的な勢いで膨れ上がったヴラディスラウス・ドラクレアの魔力に、土地神としての現し身アストラルボディを秒で消し飛ばされた襲の胸中は複雑だった。




「ナカオの池にはうちでどうしても始末しきれなかったを封じてあるけど、あれがどういうものかなんて知らなかったんだ。もし天使だと知ってたら、それ相応の対処をしてたよ」

 土地神がうっかり不死だなどと勘違いされる由縁。

 地脈さえ健在であれば人造王樹の端末オートマタ並にいくらでも代えの利く現し身アストラルボディを手早く再構築した襲が、畳廊下の端から足を投げ出している伊月の前に、再びその姿を現すと。崩れ落ちるような勢いで華奢な幼子こどもの肢体へ纏わり付く業務しごとへと戻っていたキリエが、ぐりぐりと額を押しつけていた伊月の首元で動きを止める。

「そもそも私と鏡夜は、あそこに何か封じられてることすら聞かされてなかったけど」

「子供に『危ないから近付くな』って、盛大なフラグじゃない?」

 やおら顔を上げ、襲の姿を一瞥したキリエはまたすぐ、伊月の首元へ額を押しつけるという、ささやかな不満の表明を再開した。

「確かに……」

 言われてみればと納得顔で頷いた伊月は一転、子供らしく無邪気なふうを装って襲に問う。

「どうしようもなくて封じてるだけなら、私がもらっても構わないわよね?」


 その発言にぎょっと目を剥いたのは、なにも襲ばかりではなかった。


「どうしてそうなる!」

 伊月に対して珍しく声を荒げたキリエの顔面を、ノータイムで振り上げられた拳が直撃する。

「っ……」

「耳元で叫ばないで」

 裏拳で鼻先を容赦なく潰されたキリエは思わず、といった具合に、片手で覆った顔を伊月から背けた。

 それでも、伊月を抱えたもう片方の腕は頑として緩めることさえしない。

「私の顔……顔だけは好きって言うくせに……」

「それ、今関係ある?」

 そもそもアストラルボディに大した痛覚などないだろうと伊月がもっともな指摘をすれば、繊細な触覚と抱き合わせバーターで今はそれなりのものが備わっているのだと、馬鹿げた答えが返された。

 そうまでしてやっているのが〔花嫁〕の物理的な抱え込みなのだから、同情の余地は微塵もない。




「伊月ちゃん? 皇国だと教会関係者の隠匿は……」

「一族郎党連座でしょ? 知ってる。ちゃんとバレないようにやるから大丈夫よ。いざとなったら法律きまりごとの方を〔扶桑〕がなんとかしてくれるし。――ねぇ?」

「御用命とあれば、如何様にも」

 伊月に対するわかりやすいポーズとして深々頭を下げて見せる扶桑樹は、とうに〔倭〕への根回しを終えていた。


 そも。皇国における教会関係者への対応方針はティル・ナ・ノーグのそれに倣ったものであり、ティル・ナ・ノーグの方針は〔扶桑〕にとって唯一無二の王であるヴラディスラウス・ドラクレア――今も伊月にすり寄ってぐずぐずとごねている神王排斥過激派――が定めたもの。ヴラディスラウス・ドラクレアが一言「やめる」と言えば、明日にも覆る程度の決まり事だった。

 そうでなくとも、〔倭〕が現状保有する戦力で伊月を害することは難しい。そして何より、〔扶桑〕が生態調査とでも銘打ち天使の捕獲と所有に関する許可を伊月へと差し出してしまえば、その決定を覆すことができるだけの権限を〔倭〕は持たなかった。

 それこそ、ティル・ナ・ノーグが皇国の「実質的な宗主国」とされる由縁。

 〔倭〕はあくまで実験的に製作された人造王樹デミドラシルであり、当初その観測を担っていた〔扶桑〕――ひいては、〔扶桑〕の王であるヴラディスラウス――には、今や皇国という「箱庭」における実験継続の可否も含めて、ありとあらゆる決定権が委ねられている。

 倭樹計画が「失敗」の評定を下されて以降、今もって皇国が仮初の独立を維持していられるのは、偏にヴラディスラウス・ドラクレアの無関心によるものでしかなかった。


「天使は飼えないよ」

「魔術が通じないからって、私の異能が通じないとは限らないでしょ」

 ちらと向けられた視線に同意を求められ、扶桑は慎み深く目を伏せる。

「よく勉強なさっておいでで」

 事実、伊月の言葉に誤りはなかった。

「どこかの親切なデミドラシルが興味深い論文レポートを読ませてくれたおかげでね」

「お前か……」

 いっそ憎々しげに主人から睨まれようと、自らの行動が他の何より伊月の望みに沿っているという確かな自負を持つ扶桑は、方針転換の必要を認めない。

「学術的に大変興味深い試みかと。お嬢さまに関しては、万が一もありえませんので」

 伊月の望みを頭ごなしに踏みにじることができない時点で、最後にはヴラディスラウス・ドラクレアが折れるしかないのだと。不毛なやり取りの行き着く先は、未来予測に長けた人造王樹デミドラシルでなくとも容易く予想ができる範疇だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます