RE014

 襲の思惑など知ったことかと鏡夜をシェルター代わりの蔵から連れ出し、キリエとの顔合わせまで済ませた伊月は、付き合いの悪い弟と離れの廊下で分かれると――こちらは逆に、伊月から三歩以上離れようとしない――キリエを連れるともなし伴って、離れとは長い渡り廊下で繋がれた母屋へと向かう。


 言い訳の余地なく攫われた娘が、誘拐犯を伴い何食わぬ顔で戻ってきているというのに。理由はどうあれ顔を見せもしなかった薄情な片親は、どういうわけか広縁紛いの畳廊下に腰を落ち着け、扶桑式オートマタと肩を並べて茶など啜っていた。

「扶桑、まだいたの?」

 てっきりとっくに引き上げているものとばかり思っていた伊月が、背後から――ともすれば不躾に――声をかけると。庭と広間のあわいを横切る畳廊下の、開け放たれた窓辺に腰掛けていた扶桑は立ち上がり、靴脱石の下まで下りてから、己の主人とその〔花嫁〕へ体ごと向き直る。

「僭越ながら、この身が御側付きとして侍りますことをお許し頂きたく存じます」

 その言葉通り、許しを請うて深々と下げられる頭は伊月を意識しての振る舞いポーズだった。

「居てくれるなら、私は助かるけど――」

 キリエに対してなら、扶桑はそこまでの礼を尽くさない。

 座ったままの襲へ並んだところで足を止めた伊月が、仰け反るようにして見上げたキリエ――本来であれば、〔扶桑〕へ『許可ゆるし』を与えることのできる唯一の存在――は案の定、自らを王と仰ぐ人造王樹デミドラシルの端末をその視界へ捉えることさえしていなかった。

「うん?」

 〔花嫁〕を得た吸血鬼にありがちな視野狭窄。

 キリエの場合、一度は〔花嫁〕を失っているのだから、なおのこと。メビウスクラインによる再会がもたらす多幸感と、また失うかもしれないという恐怖に冒された吸血鬼に、まともな判断能力など期待する方がどうかしている。

 〔花嫁〕の許可さえ取りつけてしまえばどうとでもなるとばかり、端からキリエの意向を確かめようともしていない扶桑の振る舞いは伊月の目から見ても理に適っていたし、何よりヴラディスラウス・ドラクレアが自らの人造王樹へ求めたとおりの効率を極めていた。


「家主がいいって言ったらね」

 お互いの視線が交わった条件反射とばかり、すり寄ってきたキリエの腕を宥めるよう叩きながら。

 隣に座りっぱなしの襲を指して、伊月が答えると。おもむろに顔を上げた扶桑は、その返答を予想していたとばかりに首肯する。

「お嬢さまのお許しがあれば、問題ないそうです」


 さすがにそのあたり、齢数千を数える人造王樹デミドラシルは抜かりなかった。




「襲ったら、もう降参しちゃったの?」

 心底驚いた、と言わんばかりの声音とともに襲を振り返った伊月の表情は、揶揄い顔を隠しきれずににやついている。

「ちょっとは頑張ってるところ見たかったのに」

人造王樹デミドラシル相手に頑張れるほど心臓強くないんだよなぁ」

 多少性格に難があろうと、ある日突然厄介なオマケが降って湧こうと。自分のこどもというだけでそれなりに可愛いし、大概のことは許してしまえるものなのだなぁと、襲はしみじみ息を吐く。

「その御主人様に相手に神使けしかけといて、今更じゃない?」

「あれは不幸な行き違いだったよね……」

「わりとノリノリだったくせに」

「ああいう雰囲気になると気分が浮つきがちな家系なんだよ、うちって」

「戦闘狂ね。――知ってる」

 しゃがみ込んだ伊月につられ、容易く膝をついてみせるヴラディスラウス・ドラクレア。

 娘はともかく、お互いの余剰魔力が干渉しかねないほどの距離にどこぞの総督ヴォイヴォダがいるという事実。その尋常でないプレッシャーに耐えかね、襲はじわっと身を引いた。

「男親なら一度は憧れるらしいアレ、三パターンくらいやらなくて平気?」

「いいよ……普通に怖いし」

 まっとうな感性の持ち主であれば萎縮して当然の貴種を背中に張り付け平然としている娘の図太さが、今日ばかりは羨ましいような、やっぱりそうでもないような。

(ヴラディスラウス・ドラクレアになんて見初められたら、死ぬ方が難しそうだけど。実際死んじゃったから、今こうしてうちの子になってるんだよなぁ)

 とにもかくにも。下手な爆薬よりも取り扱いに注意が必要な相手の意識をあえて余所――特に此方――へ向けようとするのは本気で止めて欲しいと、伝わるはずもない祈りを、襲は伊月へと捧げずにはいられなかった。

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