RE013 八坂鏡夜

 どこにいるのか定かでないなりに、無事そうではあった気配が突然、降って湧くよう間近に現れて。

「なに、それ」

 まっとうな方法では入り込めるはずのない隠れ里への侵入者を、八坂の里の土地神かんりしゃである襲が認知するなり。かねてからの取り決め通り、問答無用でシェルター代わりの地下座敷へと放り込まれ、それ以来、すっかり暇を持て余していた鏡夜はその唐突さ加減に驚くよりも、いっそ呆れ混じりの息を吐く。

「私のペット」

 人型の存在いきものを指して臆面も無くそんなことを言ってのけた双子の姉は、実の親だろうと滅多に触れさせない体を赤の他人――当人曰く『ペット』の青年――に抱えさせ、平然と鏡夜おとうとの前に姿を晒している。

 それが嫌々でも、必要に駆られてのことでもないと分かってしまうだけに、鏡夜の内心は複雑だった。

「鏡夜の言うことも聞くとは思うけど。うっかり咬まれて後悔したくなかったら、なるべく手は出さない方がいいかもね」

 しっかりと回されているように見て取れた腕をいとも容易く振り解いてのけ、畳の上へと下り立った伊月は、頭からすっぽりと被っていた薄布をまくり、その内側へと鏡夜を誘う。

「ペットなら、躾くらいちゃんとしなよ」

「それはまぁ、今後の課題ってことで」

 うっかり咬まれたくなかったら……などと口にしておいて。よくもまぁ、その手の届く距離に己を呼べたものだと。呆れた表情を隠すこともなく。

 それでいて、伊月がこうも無防備に背中を晒す相手が、看過できないレベルの危害を加えてくるとは考えもせず。鏡夜は招かれるがまま薄布を被り、伊月の目と鼻の先にまでその身を寄せた。


「キリエ」




 キリエの上質な魔力によって編み上げられた、バリアジャケット代わりの魔布。

 向こう側が透けて見えるような薄布越し、水へもぐったような圧迫感と一瞬の暗転を経て、周囲の景色が一変する。


 きっちりと施錠された蔵の地下から、ひとまず外へ。


 蔵と離れとを繋ぐ板間で、伊月はキリエの過保護としか言いようのない魔布を脱ぎ捨てた。

「――短距離転移?」

 八坂の地が、土地神の権能において外界から隔絶された『隠れ里』、あらゆる魔術的移動が制限された領域であることを知る鏡夜。その声が孕んだ疑念は、至極まっとうなもので。

 キリエが魔力の拘束を解いたことで、魔布という定義かたちを崩し、端から雲散霧消していく薄布を見送りながら。伊月は下手な誤魔化しを告げるつもりもなく、年端もいかない子供へ影のようぴったりと張り付いている青年姿の人外ひとでなしを顎でしゃくった。

「血統固有魔法持ちの吸血鬼なの。便利でしょう」

「…………」


 そういう問題か?


 鏡夜の表情はわかりやすく伊月の言葉に反していたが、はっきりと異を唱えるには至らない。

 僅かな沈黙を経て吐き落とされる溜め息には、それこそお互いが生まれる以前からの付き合いになる姉への諦観が、これでもかと滲んでいた。

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