RE010

 ご機嫌伺いに来たのだというラドゥが簡単な近況報告をすませ、ヴラディスラウス・ドラクレア名義の固有領域をあとにすると。黒姫奈伊月もガレージへと戻り、空いている〔クレイドル〕の一つへ自動人形の筐体そのからだを横たえた。

「…………」

 幼子がお気に入りのぬいぐるみを連れ歩くよう、片手にぶら下げ持ち歩いていた黒い蝙蝠。

 されるがままのキリエをぞんざいに放り出そうとした手は途中で勢いをなくし、そのままだらりと〔クレイドル〕の縁から垂れ下がる。

「……マキナ?」

「どうしようもない人殺しのくせに。人形師としての腕は確かなのよね……」

 すぐ隣の〔クレイドル〕に横たわる、八坂伊月の身体を横目に捉えて。黒姫奈伊月は誰に憚ることもなく、これからそこへ戻ることが憂鬱で仕方ないといった風情の息を吐く。

「この体、しっくりきすぎ」

 できることなら、このまま限定術式プラグインを介して操る自動人形ドォルを自分の体として過ごしたい。

 そんな本音を隠そうともせず。現実的にそれが難しいことを理解してもいる黒姫奈伊月は聞き分けなくぐずるよう、〔クレイドル〕の外へと投げ出した片手を揺らす。


 徐々に力の抜けていく手の平から、そのうちぼとりと床へ落とされて。

 時間が経つうち、あるいは伊月の意識が本来の体を離れたことで緩みはじめていた〔杯の魔女〕による拘束から逃れた吸血鬼ひとでなしは、ダンピールとして生きていた頃の姿形を真似たアストラルボディを纏って立ち上がり、気怠げに横たわる黒姫奈伊月へと覆い被さった。

「なに」

 吸血鬼であるキリエの目に、自動人形は自動人形としてしか映らない。

 たとえそこに伊月の意思が在ろうと、魂が伴わないのでは食指が動きようもなかった。

「何が気に入らない?」

 自動人形ドォルの素体として使われた「器」が、人工生体ではなく〔花嫁〕自身の遺骸、魂の抜け殻だったとしても、それは同じ事。

「咬んだんだから、わかってるでしょ」

「わからないよ」

 黒姫奈伊月を真似て、隣の〔クレイドル〕に横たわる八坂伊月の体へと一瞥をくれたキリエはやはり、あれこそが己の〔花嫁〕だという確信を深めるばかり。

 元より、キリエは〔花嫁〕が抱える瑕疵など気にする性質たちではなかった。


「なんのもない、まっさらなうつわ

 あれこそ、お前が欲しがっていたものだろうに」




 比喩や誇張を抜きにして、本気で望めば叶わないことなど何一つとしてない人造王樹の王。

 そうでなくとも、この上は探す方が難しいというほど極上の人外ひとでなしから、わかりやすく非難がましい視線を注がれて。

 黒姫奈伊月は最早、何度目かもわからない溜め息を吐き落とす。

「殺しても死なないような人外ひとでなしにはわからないでしょうけどね……魔術師としてそれなりにやっていけてた記憶を持ったまま、魔術がろくすっぽ使えない体に生まれ変わるのって、結構ショックな出来事なのよ」

「魔術くらい、私がいくらでも使わせてあげるのに?」

「…………」

 それみたことかと目を眇め、花嫁心の分からないキリエを、黒姫奈伊月は〔クレイドル〕の外へと押しやった。

 そのまま目を閉じ、意識的に体を脱力させると。〔クレイドル〕に格納された限定術式プラグインの展開と終了によって、黒姫奈ドォル筐体からだを新たに生成された魔水が包み、全身くまなく魔水に包まれていた八坂伊月の体が解放される。


 微かな断続感を経て、次に目を開けたとき。伊月の意識はメビウスクラインに繋がれた「ヴラディスラウス・ドラクレアの〔花嫁〕の魂」が宿る、八坂伊月こんじょう肉体アストラルボディへと戻されていた。

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