RE004 〔扶桑〕

「天谷」

 キリエが操る影に捕まり、逃れようもなく押さえ込まれた付喪上がり。

 その、魔力によって形作られた身体アストラルボディが、土地神として地脈から神使への魔力供給を掌握する襲の一声を契機に解けはじめると。付喪にとっての物質的身体ほんたいである太刀を残し、天谷の姿形が跡形もなく消えてしまうまでに、さして時間はかからない。


「ティル・ナ・ノーグのグレード1といえば――」

 拾い上げた太刀を手に、襲はするすると地面を這ってキリエの足元へと戻る影を見送った。

「あそこの総督ヴォイヴォダ串刺し公カズィクル・ベイあたりが有名だけど。さっきのまほうといい……もしかして、僕の可愛い娘についたはヴラディスラウス・ドラクレアの縁者だったりするのかな」




「縁者というか……」

 世界律に則った生まれ代わりメビウスクラインや、八坂伊月の前世である黒姫奈とキリエ・エレイソンの関係について。何をどこから、果たしてどこまで話したものか。

 段取りらしい段取りもなく、衝動的にキリエを呼んでしまった伊月は、今更ながらに思案を巡らせる。

(本人です、なんて馬鹿正直に答えても、信じられないわよね……?)

 ティル・ナ・ノーグの総督ヴォイヴォダ。〔真祖〕の血統に連なる小竜公ドラクレアの片割れといえば、伊月や襲が生まれ育った皇国の住人にとっては事実上、宗主国の王に等しい、遥か雲の上の存在だった。

 それでなくとも、この世界に数えるほどしかない人造王樹デミドラシル主人あるじとして、その名は広く知れ渡っている。

 それだけに。巧拙問わず、騙りも多い。

(私なら絶対信じない)

 もし、伊月と襲の立場が逆だったとして。伊月なら、まず間違いなく襲が「典型的なよくある詐欺」に引っかかったのだと判断して、その言い分はさておき、ひとまず相手の排除にかかる。

 そして伊月は、襲が自分と同じような発想に至るだろうことを、半ば確信していた。

 だからこそ。襲を納得させるには、疑いの余地なく「完璧な証拠」を突きつける他に術がない。

「キリエ」

 そういう結論に達して、伊月はキリエを振り返る。

扶桑ふそうを呼んで」

 襲のことなどまるで眼中にないとばかり、両手に抱えた幼子へすり寄るのに忙しくしていたキリエは、伊月からもたらされる依頼の形をとった下知へ、脊髄反射もかくやと即座に応えた。


「扶桑」




「うぇっ」

 呼ばれた名と、間髪を入れず生じた魔力反応。

 その両方に虚を衝かれ、襲は思わず、といった具合に呻く。

「マジか」

 襲が国津神として管理を任されている領域内は、その権限でもって魔術的な移動が制限されている。

 にもかかわらず。術式転移――それも、アルカ式と呼ばれる魔術もどきまどう――に特有の前兆である空間予約に続いて、玉砂利が敷き詰められた庭の地面すれすれに描き出された魔導円サークルは、外部からの介入にあって当然の警告アラートを伴うこともなく、あたかもそれが「管理者によって許可された正規の挙動」であるかのよう何事もなく、一人分の存在情報を封鎖領域内へと送り込んでのけた。


「お呼びでしょうか、主上しゅじょう

 その意味するところは、歴然としている。

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