ろくでなしの花嫁とひとでなしの吸血鬼(プライベイト・ヴァンパイアWeb版)

葉月+(まいかぜ)

目覚め、再会、はじまりの晩夏

A.A.7525/08/25

RE001 八坂伊月とキリエ・エレイソン

 水底から浮き上がってきた水泡が、水面でぱちんっと弾けるよう。

 ある瞬間、唐突に。

 紐解かれ、押し留めようもなく溢れた記憶が、未熟な幼子こども意識こころを塗り替える。


 二十に届かず死んだおわった徒人おんなの、あまりに短い一生さんねん分の思い出が、走馬灯のよう脳裏を駆けて――




「キリエ・エレイソン」


 気がつけば。そんなつもりもなく、伊月はその名を口にしていた。

「私は、ここよ」

 まるで「見つけてくれ」と言わんばかりの声は知らず確かな魔力を孕み、言霊ことだまとなって世界エーテル駆けるふるわせる

 ありもしない鎖が暴れ、しゃらしゃらと擦れる音を聞きながら。伊月は見えない「何か」を請うよう、遮るもののない空へとその手を差し伸べた。


 その見つめる先。

 何も無いくうの只中に、闇と見紛うばかりの影が生じる。


 魔力を孕んだくろは瞬く間に膨れ上がり、人の形を取り繕って、伊月の前へと下り立った。

「マキナ」

 影から紡ぎ出した黒衣を纏う、白皙の青年。

 この上など望むべくもない、極上の人外ひとでなし

 白日の下へと引きずり出された夜の民はまっすぐに「八坂伊月」を見つめながら、とうの昔に死んでおわってしまった黒姫奈おんなの名を呼ぶ。

 目深に被られた黒衣フードの下で、満月フルムーンを思わせる双子月の瞳が今にも泣き出しそうに潤む様を、正面に立つ伊月だけが見ていた。

「……あなたを、信じる」

 唯一の名と魔力を揃えて伊月が為した、原初の魔法プリミティブ・マギ

 拒絶することもできた召喚こえに応えることで今、この場に立っているキリエに向かって、八坂伊月であり黒姫奈でもあった幼子は、自分から両手を広げてみせることで今一度――キリエを喚ぶという行為によって、一度は示したも同然の――その意思を、今度こそ言い逃れの余地なく示してみせる。

(あなたが今も、私を愛しているのなら)


 玉砂利の敷かれた地面にわへと崩れ落ちるよう膝をついたキリエは声もなく、その手に伊月を掻き抱いた。

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