第247話 託す者達
絶望を運ぶもの。
その光景を目にし、一瞬の体の硬直。
咥えられたまま天高く舞い上がるドワーフの姿に、アステルスが赤黒い懐へと飛び込んで行く。
その瞳から焦る様は皆無、余裕さえ見せつけていた。
ドワーフを救わんが為、力の限り振り抜く。
聖剣は一文字の白い弧を描き、絶望へと迫った。その太刀筋に、一縷の望みを繋ぎ勇者は振り抜いていく。
ガキッツ。
鈍い音を立て、アステルスの渾身の一振りは止まった。
短い前足から伸びる三本の指。
その先に携えていた鋭い爪のひとつが吹き飛んで行く。
渾身の一振りはドワーフまで届かず、爪をひとつ飛ばしただけ⋯⋯アステルスは顔をしかめ絶望を睨む。
爪が頭から顔、胸と肉を抉り、アステルスを地面へと叩きつける。
勇者の頭から、胸から激しい出血を見せ、フラフラと立ち上がり地面に血溜まりを作っていた。
「アステルス下がれ! フィアラ! アステルスを頼む!」
ギドの叫びを受け、
アステルスを失えば打つ手を失う。
今、目の前の絶望に抗う事が出来るのは勇者の刃だけ。
ギドは必死に
今しかない。
「アステルス、下がるよ」
「⋯⋯フィアラ」
血塗れの勇者は立っているので精一杯だった。
彼女の細い腕がアステルスの筋骨隆々な二の腕を掴み、後退して行く。
傷が深い。
フィアラは、アステルスの姿を間近にして苦い顔を見せた。
おぼつかない足取りで
ほんの一瞬、一撃で局面が様変わりしてしまう。
アステルスの負傷にざわつく
「【
いい所七割かしら。
光球を落としながら、アステルスの傷を診ていた。
戦場に復帰して貰うけど全開は無理ね。
ボッスもなんとかしないと。
「フィアラ、助かったよ。次はボッスを頼むよ、何とかしてくる」
「無理は利かないからね。気を付けるだけは、気を付けて」
「うん、分かっているさ」
眼光は鋭く、口元だけは強がった笑みを見せた。アステルスは前線へと、再び飛び出して行く。
フィアラは深い溜め息を漏らし、治療の指揮に戻って行くと
「フィアラさん、ここちょっと任せます。こっちもまずいです!」
それだけ言うとアルフェンパーティーの
小さな体で必死に前線へと向かう、小脇に抱えるカバンには大量の回復薬を詰め込み、
威風堂々と地上を見下ろす
「スヘル! 止まれ!」
傷だらけの
その叫びに反射的に足を止めた。
刹那、目の前を通り過ぎる
その速さが作り出す風の圧にスヘルは思わず尻餅をついてしまった。
アルフェンが握る
白く輝く剣の姿はすでになく、
アルフェンは、
いつもの温厚な表情は消え去り、前を睨むオッドアイの表情は険しかった。
パーティーは疲弊し、アルフェン自らも深い傷を刻んでいる。
美しい栗毛はすでに乾いた血の跡と土埃に汚れ、肩で息をする姿が痛々しかった。
「アルフェンさん!!」
スヘルの悲痛な叫びを背中で感じる、それでも
「いい加減にせんか」
クラカンが華奢なアルフェンの首根っ子を掴み、後ろへと追いやった。
クラカンと
「たまには言う事を聞け。勇者が倒れたら、全てが終わるぞ、ここは任せて一度下がれ」
「治療してすぐ戻れ、それくらいの時間ならなんとかする」
口元を覆うマスクを直し、獣人らしくしなやかな動きで巨大な足元へと飛び込んで行く。
「アルフェンさん! 早く!!」
アルフェンは悔しさを滲ませながら、スヘルの元へ駆けた。
「みんな、すぐ戻るから頼むよ!」
「おうよ」
クラカンが兜を直し、盾ごと前進して行く。
頭を振りかざした瞬間に避けねば、簡単に餌食になってしまう。
超速の振り下ろしが何度も掠めては、吹き飛ばされ、傷を刻みながらタイミングを学んでいった。
振り下ろしで生まれる風圧が、クラカンを襲う。
その度に背筋が凍る程の恐怖が襲った。
食らったら終わる。
死とこんなにも近しい距離を何度も味わった事はない。
【蟻の巣】ですら、微かな希望の灯は見受けられた。
自らの力次第で掴む事の出来る光がそこにはあった。
今まで培った勘と経験、それを頼りに対峙していく。
ここに自分で掴む事の出来る光は残念ながら見る事は出来ない。
光は託す。
何とも不甲斐ないが、託す者に繋ぐ事は出来る。
ミースの剣も、タントのしなやかな動きも、後方に控えるラースの
ここにも絶望に折れない者達が集う。
足元のミースとタントを襲う巨大な足での超速のストンプ。
巨大の足が地響きを鳴らす。
一撃で全てが終わる足音が鳴り響く。
ミースの緩く結んだ黒髪が避ける度に激しく揺れた。
切れ長のいつも冷静な眼差しを見せる瞳が、険しさを見せていく。
アルフェンの作った
「ミース!!」
クラカンの叫びより先に、
バンッ! と激しい衝突音がなり、木の葉のように簡単に吹き飛んだ。
チッ!
タントは険しい表情で舌打ちをすると、ミースの元へと駆けた。
「ラース! 頭に煙張れ!」
「【
ラースの赤い光が炎となり、
爆発音を鳴らし、
「タント!」
クラカンの叫びに呼応し、前線からミースを引き剥がす。
力なく引きずられるミースの姿にクラカンもラースも、拍動が一気に上がっていった。
爆炎で出来た、一瞬の隙。
クラカンは足元へ飛び込み、突き刺さったままのミースの剣をさらに奥へと蹴り込んだ。
『ゴアァアアアアアアアアアーー!!!』
耳をつんざくほどの咆哮。
勇者以外の者が初めて傷をつけた。
見出したわずかな光。
しかし、その代償は大き過ぎる。
足元の虫を踏みつぶそうと再び超速のストンプ。
ただし、ミースの剣が突き刺さる右の前足を動かすのを少しばかり躊躇する素振りを見せた。
見えたか。
ミースがこじ開けたわずかな突破口、それでも一撃必殺のストンプには変わりはない。
クラカンは必死に地面を転がる。
「クラカン! こっちに!」
治療を終えたアルフェンが大きく外側で手招きをしていた。
クラカンが転がりながらアルフェンの呼ぶ方へと跳ねて行く。
繋ぐ、光を見出す者に託した。
転がり込むクラカンと入れ替わるようにアルフェンが足元へと飛び込んだ。
アルフェンの滑らかな剣の動きに合わせ、縦に盛大な傷を作りあげた。
柔らかい物でも、斬るかのような剣さばきに傷口から
オッドアイが厳しく睨むと、
互いにひく事は有り得ない、互いにそれを確証した。
アルフェンが
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