第240話 開戦
地平線がぼんやりと明るくなってきた。
大半の人間が眠りにつき、レグレクィエス(王の休養)は静まり返っていた。
まんじりとしない夜を過ごしたキルロが薄く目を開けていく。
足元で眠るキノの重さを感じながら、上半身を起こす。
いよいよか。
静かな寝息を立てるキノを見つめ、思いを強くしていった。
嵐の前の静けさ、そんな言葉がぴったりな落ち着き払った空気が覆い、目を開けると否が応にも緊張の度合いが上がっていく。
キノを起こさぬよう、ゆっくりと起き上がり、横で眠る人々を起こさないようにそっとテントをあとにした。
大きく伸びをして、淀んだ朝の空気を吸う。
さわやかとは程遠いレグレクィエス(王の休養)の朝の気配。
明るくなりきらない時間。
数人だけが忙しなく準備に追われていた。
「早いわね」
ふいに良く知る声が後ろから聞こえた。
あまり眠れなかったと見えるハルヲが、起ききれていない頭を何度も揺すっている。
「なんとなくね」
「ま、そうよね。私もそんな感じ」
落ち着かない心持ち。
戦いへの緊張というより、やらなくてはならない事、その決心に心が落ち着かなかった。
「キルロー」
眠い目をこすりながらキノがテトテトと歩み寄る。
半分寝ている状態でキルロの足にしがみついた。
「おはよー」
ハルヲがキノの頭に手を置いた。
「よお!」
キノはキルロのマネなのか軽く手を上げた。
その姿にハルヲは笑みをこぼし、キルロは苦笑いを浮かべる。
「キノ、顔洗ってこい」
「あいあーい」
キノは目をこすりながら水場へと向かった。
「早いナ」
「おはようございますです」
カズナとフェインも起きてきた。
起き出す人もポツポツ現れ、レグレクィエス(王の休養)がゆっくりと起き始める。
まだ緊迫する雰囲気はない、うす暗い夜が明けきらない早朝。
「おはよう! いよいよだね」
隻眼の
「エーシャ、頼むぞ」
「まかせて」
エーシャは満面の笑みを浮かべ準備へ向かった。
破壊されたテントが瓦礫となり、ヤツらの爪痕が未だに散見出来る。
積み上がった瓦礫の山と、そっと端に眠る動かなくなった人々。
思いが重なって行く。
入口に斥候に出ていた
荒い息を整えながら、顔を上げた。
「ぼちぼち、引っ掛かるぞ」
その言葉を耳にした者から表情が一気に変わっていく。
厳しい顔を見せ始めると、それはゆっくりとレグレクィエス(王の休養)の中へ伝播していった。
ひとつめの
間隔をあけて深い穴が待ち構える。
ドワーフの多い【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】、穴堀りの手際の良さには目を見張る。深い穴をあの短時間でいくつも掘っていた。
そこを抜けた者達を迎える次の
山程の
地雷原が開始の合図、そのふたつの
装備を整え、最後の補給を取っていく。
爆発の合図を今かと待ち構える。
「始まるな」
マッシュがキルロの肩に手を置いた。
キルロが拳を突き出すと、コツっとマッシュはそれに答えていく。
「そういえば、ユラは?」
「向こうで顔洗っていた」
「余裕だな」
「アイツは焦る事ないから。肝が据わっている」
空気が変わる。
レグレクィエス(王の休養)にヒリヒリとした緊張が漂い始めた。
静かに待つ者もいれば、体を動かす者、各々が思い思いに緊張を解きほぐす。
「キノ!」
エレナがキノを見つけ、キノの両手を包み込んだ。
キノを真っ直ぐ見つめ笑みをこぼす。
「無理しちゃダメよ。帰ってきたらまたドライフルーツ食べよう」
「うん。エレナ、これ取って」
キノは鼻に付いたピアスを指差した。
エレナは少し戸惑いながら、そっとピアスを外していく。
「これ外しちゃっていいの?」
「うん。エレナ、それ持ってて。行ってくるね」
金色の眼が柔らかな笑みを見せた。
普段見せないキノの表情に、エレナは少しドキドキしてしまう。
振り向いて手を振るキノに、エレナは大きく手を振り返した。
「帰ってきてね⋯⋯⋯」
呟いたエレナの思いはきっと届かない。
そう感じた。
それでもそう呟かずにはいられない。
手の中にあるピアスを見つめ、丁重にポケットへしまっていった。
戦士達が武器の最終チェックに余念がない、刃を確認し、矢筒を背負う。
ウォルコットが声を掛けて回り、フィンとリグのいつもの口論が始まる。
エレナが携帯用の回復薬を配って回ると、戦士達の顔が一瞬だけ綻んだ。
ミルバは入口からずっと前を睨み、オットはレグレクィエス(王の休養)を見渡しいつもの柔和な笑みを見せていく。
アステルスとアルフェンのパーティーが準備万端に中央に鎮座すると空気が一変していった。
いよいよ始まる。
緊張がレグレクィエス(王の休養)を覆い始めると、自然と口数は減っていく。
「王子、今日は久々に同じパーティーね。どこまでも付いていくから安心してちょうだい」
「あんまし、安心出来る物言いじゃないと思うんだけど」
「何言っているのよ。照れちゃった?」
「いやいや、そう言う事じゃないだろ」
シルのはしゃぐ様に、キルロは嘆息するしかなかった。
でも、シルなりに気を使ってくれたのかも知れない⋯⋯と思おう。
シルとユト、そしてマーラの三人は【スミテマアルバレギオ】と行動する事になった。
すぐにシルとドルチェナが手を上げたが頑としてシルが譲らない。シルの本気を見た気がした。あのドルチェナがすごすごと引き下がったのだ、やはり只者じゃない。
入口の遥か先では今頃は穴に落ちまくっている事だろう。
きっとモンスターが穴を埋め、その上を通過しながら進み、後方に控える者達は事なきを得るはずだ。
それでも前線が削れればその先の展開は変わってくる。
それを願い、何人もが入口から前方を睨む。
「キルロ、気をつけて」
「おまえがいなくなるといろいろ困るからな。ちゃんと帰ってこいよ、理事長」
ヒルガとアルタが声を掛けて来る。
まさかこんな所で家族からの言葉を貰う事になるとは思ってもいなかったが、素直に受け取りふたりに向いた。
「ああ、ちょっと行って来るよ」
キルロの言葉を受け、満足気な笑みを見せると仕事場である救護テントへとふたりは戻って行った。
空気の流れが変わる、誰もが気が付く変化に始まりが近い事を感じ取る。
風がざわつく、前線で何か変化があった事を告げていく。
レグレクィエス(王の休養)にも緊張感が溢れ出し、今にも爆発しそうだ。
キルロの拍動もどんどん上がっていく。
天井知らずの拍動がうるさい。
大きく息を吐き出し、前を見据える。
「まだ、見えねえなぁ。暗いし分からんのう」
ユラが額に手を当て遠くを必死に覗いた。
起きた時より明るさは増しているが、まだ陽は上り切っていない。
うす暗さを残す最北にじわりと圧迫感が迫る。
風のざわつきが濃くなっていく。
「みんな頑張ってね。またあとで!」
エーシャが早々にパーティーを離れ自分の持ち場へと駆けて行った。
レグレクィエス(王の休養)にいる全ての人間の動きが一瞬止まった。
遠くから風に乗って聞こえる爆発音。
肉眼でも上がる火柱がいくつも確認出来た。
始まる。
開戦の狼煙が上がった。
接触まで数刻。
緊張が爆発する。
「来るぞ! 構えておけ!」
ウォルコットが叫ぶ。
「
リベルの良く通る声が響く。
戦士達がギラギラと滾っていく。
「さあ、オレ達の出番だ」
キルロは振り返りパーティーに声を掛けた。
ハルヲは緊張の面持ちで、クエイサーの首に手を置く。
マッシュとカズナは口元に不敵な笑みを湛え、瞳をギラつかせる。
フェインは地図から顔を上げ、スイッチの入った厳しい表情を見せた。
シルとユト、マーラは静かに心に火を灯していく、どこかでヤツを捉えると滾らせていく。
ユラは相変わらず、緊張するわけでもなく、油断するわけでもなく、いたっていつも通り。
そのユラの姿が周りを救っていた。ユラの姿を見るにつれ、極端に感情が振れないようにと自分を戒める事が出来た。
キノがキルロの手をギュッと握る。
キルロは差し出された小さな手から、勇気を貰った。
気がつくとうるさい程の拍動は落ち着きを取り戻し、キルロの瞳に火が灯る。
互いに視線を交わし合うと、やるべき事に心が重なりあっていった。
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