第218話 最北と妖精と蟻の巣

 目の前に広がる無残ともいえる光景。一瞬、入口で立ちすくんでしまう。

 キルロ達一団がレグレクィエス(王の休養)に戻り、最初に飛び込んで来た光景は吹き飛んだテントに、瓦礫となって散らばる資材の山と横たわる幾人もの姿だった。


「ハルヲ! エーシャ!」


 キルロの呼びかけにふたりはすぐに反応する、ハルヲはバックパックを背負い、エーシャはヘッグの背から飛び降りた。


「動ける怪我人は一か所に集めて!」

「マーラいるか!? マーラ、ハルヲについて怪我人見てくれ。エーシャ来てくれ! 重傷者はどこだ? 案内してくれ!」

「こっちに動けないやつが!」


 ハルヲとキルロは中へと駆け込み、声を上げていく。

 呻く事が出来る者はまだ良いのかもしれない、意識が飛んでいる者、呼吸の浅い者を散見した。

 その姿が三人の焦燥感を掻き立てていく。

 二手に分かれ、手際よく治療を進めていった。


「こりゃあ一体何がどうしたら、こんな事になっちまうんだ?」


 リブロが瓦礫の山を見渡しながら独り言のように呟く。

 入口で佇む者達の感想はリブロと同じだ。

 嵐が過ぎ去った跡のような壊れ方に、みんなが難しい表情を露わにしている。

 この惨状をもたらした者については容易に想像つくが、それにしてもここまでの被害は全く予想していなかった。

 ミルバの表情は驚きから怒りへと変貌を遂げていく、厳しく見つめるその瞳からは怒りがありありと伺えた。

 動き回っていたシルが、ミルバ達の元へやって来くると開口一番謝罪を述べる。


「本当に申し訳ない。セルバを取り逃がし、あなた方の仲間を守り切れなかった」


 ミルバはジッとシルから目を逸らさず、黙ってその言葉を聞いた。

 そして、グっとシルの胸ぐらを掴み、顔を寄せていく。


「貴様がついていながら、なんだ!? このざまは!?」


 ミルバは怒りを爆発させる。

 何人もの【イリスアーラレギオ(虹の翼)】の団員が犠牲になっていた。

 その姿が目に映る度、悲しみと怒りが湧き上がり、自分達が戻れていればと後悔の念に苛まれる。

 シルは黙って俯き、ミルバの怒りを受け入れた。

 仲間を失う憤りを、身を持って体験している。

 ミルバのやり場のない憤りは、心底理解出来た。


「止めなさい」


 シャロンがミルバの腕を掴み、その手に力を込める。

 傷だらけのシャロンとシル。

 ふたりが必死に抗った証明を目にし、ミルバは胸元に当てた手を緩めていった。


「すまぬ」

「いいのよ。あなたの怒りは理解出来る、悔しいのはみんな一緒よ」


 そう言ってシルはミルバの肩に手を置いた。

 慰めにもならない。続く言葉も浮かばない。きつく結んだミルバの唇が悔しさを滲ませ歪む。

 片付かない瓦礫の山を見つめ途方に暮れる。


「よし! 片づけちまおうか」

「そうだな」


 マッシュとユラが腕をまくり、瓦礫の山へと飛び込んだ、今出来る事をやる。

 考えるのはその後だ、キルロ達の必死の治療を見つめ、その思いを強くしていた。





「ふぅー」


 【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】の本拠地でシルパーティーのひとり、ハースが溜め息を漏らした。

 団長のメイレルが殺されて落ち着きを失っていたここに、落ち着きが少しばかり戻っていく。

 だが、見つからないカイナの足跡には頭を悩めていた。

 あの晩、夜半過ぎに忽然とひとりで現れたと思われ、出入りする姿は誰も見ていない。

 その動きに躊躇は感じられず、シルとメイレルのふたりをターゲットにしていた可能性は高い。

 シルの殺害を【スミテマアルバレギオ】に邪魔され、即座にメイレルに標的を移した。

 指示したのはセルバで間違いない、イヤな感じが漂う。

 なぜここに来て急な動きを見せる?

 今まで潜っていたのに、ここに来て派手な動きを見せた。

 セルバが何かを狙っている? 何かを仕掛けるにあたって、シルとメイレルが邪魔という事か。

 派手な動き? 動く⋯⋯動かなくてはならない?

 ハースは執務室のソファに浅く腰掛け、目頭をずっと指で揉んでいた。


「ハースどうしたの? 難しい顔して」

「リベル⋯⋯」


 メイレルの片腕として、ずっと働いていた彼女が一番辛いはずだ。

 なのに、みんなに声を掛け、努めて明るく振る舞っていた。

 明るい物腰がシルを連想させるが、そこはメイレルの片腕、常識的な振る舞いを常に見せている。

 まぁ、常識人な所で、シルとはほど遠い存在なのだが。


「カイナにはうまく潜られてしまったわね。あれを追うのは至難の技。エルフじゃ正直厳しいわ」


 リベルの冷静な判断だ。

 言う通り、なんの手掛かりもなしに追うのは愚策でしかない。


「そうだね。闇雲に追い回しても見つかるとは思えない」


 ふたりの間に沈黙が流れる、カイナの手掛かり、次の行動⋯⋯。

 セルバ、カイナ、企み。

 ハースは頭の中で、ずっとこのキーワードを巡らす。

 彼らにとって邪魔な存在⋯⋯。

 ハースが顔を上げる。


「誰か【イリスアーラレギオ】と【ブルンタウロスレギオ(鉛の雄牛)】に使いを頼めないかな?」

「どうして? 急に?」

「メイレルとシルの殺害を企てた。セルバは何か大きな動きをしようとしている。そこの障壁となる人物、団長のウォルコットとフィンを狙う可能性があるのではないかと?」


 ハースの言葉にリベルは頷く。

 少し逡巡する素振りを見せ、口を開いた。


「カイナが行動を移す前に動きたいわね。ひとりではなく三人で行かせましょう」

「お願いするよ」


 リベルはすぐに声を掛け、行動に移った。

 追えないのなら先回りすればいい。

 ただ、一連の動きにイヤな胸騒ぎが止まらない、何を企む?

 最北にも人員を割くべきではないのか⋯⋯。


「リベル! 何人か貸して欲しい。最北のシルに合流するよ」


 リベルは先程のように少し逡巡する素振りを見せると首を横に振った。


「ハース、あなたはここに残ってここを守って。私が行って来ます」

「いや、でも、リベルが残った方がいいのではないか?」


 リベルは首を横に振る。


「メイレルのパーティーで最北に行きます。セルバに一矢報いなければなりません」


 口調は穏やかだが紡ぐ言葉には、強い意志を感じた。

 柔和な瞳の奥に怒りの灯が見える。

 ハースは諦めたように首を縦に振った。


「リベル、シルに宜しく」

「伝えておきます。それでは、準備いたしましょう」


 リベルが踵を返し、執務室をあとにした。

 その姿を見送り、一息つきながらソファにもたれていく。

 リベルに思いを託し、自分のやるべき事を逡巡していた。





 燭台の炎が辺りを照らす。

 動いているいくつもの人の影。

 【蟻の巣】から通じる【吹き溜まり】。

 【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】と【ソフィアレイナレギオ(知恵の女王)】の合同パーティーが潜り続けていた。

 【蟻の巣】と【吹き溜まり】を繋げる坑道を発見する事は出来た。ただ研究の解明は困難を究めている。

 光明に張り巡らせた研究書類のトラップに、【ソフィアレイナレギオ】団長のライーネは、一から何度となくやり直し、ページをめくり直した。

 その度にライーネは顔をしかめ悔しさを露わにする。

 それでも何度となく挑むのは、学者魂ってやつなのかも知れない。

 オットは挙がってくる情報を精査し、アッシモの行動と思考をプロファイルしていた。

 カイナを追うハースのように、オットもまたアッシモの思考を読み解こうと苦心する。

 明らかなのはここに来て何かを仕掛けようとしている事。何がしたい?


「オット、ちょっといいかしら?」


 一冊の書物を持って、顔色の優れないライーネが近づいた。

 暗い洞窟に籠りっきりなのだから仕方ないとはいえ、不健康にも程がある。


「もちろん。構わないよ。なんか分かったのかい?」

「分かるまでは残念ながらですけど、一般的に知られている言い伝え、伝承について触れているのがここに来て目につくのですよ」

「言い伝え? あの北に種が生まれてどうのこうのってやつ?」

「そうですわ」


 おおよそ科学とは遠い内容というか、繋がりを感じない。

 ライーネが言うという事は、アッシモが研究していたのは間違いない、しかしなぜ?

 困惑するオットにライーネが続ける。


「どうも、一般的に知られているのは要約されたものみたいですね。実際にはもっと長いようですの。具体的な内容が書かれているのですが、いかんせん暗号並みに複雑化されていて一筋縄でいかないのですよ」


 溜め息まじりに語るライーネ。

 表記が多いって事は力を入れていたという事だ。

 言い伝えを調べる? 何のために? 

 引っ掛かりを強く感じる。

 オットはライーネに微笑を見せた。


「ライーネ、確かに何かありそうだね。しばらくそこだけに注視して調べて貰えるかい」

「承知しましたわ」

「宜しくね」


 ライーネはまた書棚の方へと戻っていた。


「オット」


 ふいに声を掛けられ、振り向くと手練れ感のある犬人シアンスロープがライーネと話し終わるのを待っていた。


「カルダ!? クロルと一緒じゃないのか?」

「クロルからの伝言だ。レミアがられた。犯人はおそらくアッシモとクック」

「はぁ、全く。やってくれたね」


 その言葉にオットは盛大に顔をしかめる。

 レミアと仲の良かったライーネの方を向いた。

 タイミングの悪さを呪う。

 アッシモと繋がっていたとはいえ仲の良かった相手だ、伝えないわけにはいくまい。

 オットは重い足取りでライーネの元に向かって行った。

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