第217話 エルフとハーフドワーフときどき鍛冶師

 レグレクィエス(王の休養)に打ち合う甲高い金属音が鳴り響く。

 

 全容を解明するために生け捕りが基本路線。

 数でゴリ押し出来ない難しさがそこにあった。

 しばらくもしないうちに殺意がない事は太刀筋から判明してしまう。

 思い切った攻撃が出来るのはセルバ達の方だった。

 ただし、シルともうひとりのエルフ、ユトだけは殺意を隠す事無く斬り込んでいく。


「ユト。こんな事をして、後戻りは出来ないですよ」


 対峙する細身のエルフが睨みを利かせた。

 ユトは醜悪な笑みでそれに答える。


「ハハハ、ジャック。君はつまらないね。後戻り出来ないのは君の方だよ」


 小柄なユトが懐へと飛び込み、切っ先は喉笛を狙う。

 チリという微かな感触に皮を一枚切り裂いただけだった。

 ユトは瞳を歪ませ悔しさを露わにすると、ジャックは眉をひとつ上げ、喉元に滲む血をぬぐった。


「本当に君達は厄介だ」

「それはこっちのセリフだよ、ジャック」


 再びユトが飛び込んでいく。

 振り下ろすジャックの刃が迫る。ユトは横へと進路を変え辛うじて刃を逃れた。

 三度飛び込もうと足を踏みしめる。させまいと刃が迫る。

 ユトは足を止め、頭上に迫る刃を斬り払った。

 金属音と火花が散り、切っ先を向け合い睨み合う。


「本当に厄介だよ、君達は」


 ジャックが仕掛ける。ユトが飛び込む。

 互いの剣が貫けと切っ先を向け合った。

 ユトの剣はジャックの頬を掠め、パクリと頬に傷口が開いていく。


「つっ」


 小さく呻きジャックが顔をしかめた。


「かはっ」


 ユトの肩口に深々と突き刺さるジャックの刃。

 冷めた目で見下すジャックが、ゆっくりと剣を抜いていく。

 ぬぷりと抜かれる剣先から滴るユトの血。

 ユトの左の肩口は真っ赤に染まり、表情から余裕は消えた。

 左肩を押さえ、ジャックを睨む。それが強がりである事は明白な事実。

 表情の薄い男が剣を一振りし、血糊を吹き飛ばすと切っ先をユトの目の前でちらつかせた。


「終わりというのは残念だが、あちらに逝った仲間との再会が出来るという事。そう思えば悪くない、悪くはない。そうは思いませんか? ユトマルーフ・リンスクーラル」


 冷めた瞳に下卑た微笑を漏らす。

 人の心を逆なでするその様にユトの心は煮え滾っていた。

 思うように動かない腕を無視し、再びジャックの懐へと飛び込んで行く。

 その様にジャックは口角を上げ、思うが儘の行動を取るユトを蔑んだ。

 バカな小男。

 ほくそ笑むジャックの切っ先がユトに向いた。



 怒号に悪態が飛び交う、声を上げているのは駐留組。

 セルバのパーティーは総じて冷静に受け流し切り結ぶ。

 ぶつかり合う金属の音がそこら中で鳴り、呻きが漏れていく。

 肩で息をするシルも、冷静なセルバに翻弄されつつあった。

 掠ったセルバの刃がいくつもの傷をシルに作り、美しい相貌にも幾筋もの血の跡を作っている。

 大きく息を吐き出し、シルは剣を握り直した。


「シル、いい加減にしないか? こんな事、無駄だとは思わないかい?」

「無駄ね⋯⋯そんな事思わないわよ。死んだウチの子達も報われないでしょう。ああ、生け捕りにしようってのが、そもそも意味ないのよ。こんなクズ、生かしておく価値なんてなかったわ」


 シルの双眸に冷たい笑みが蘇る、口元に微笑みを浮かべ、柔らかな動きでセルバに迫った。

 一枚の羽が風に揺れるように、シルの刃が舞う。

 速くもなく強くもないその太刀筋がセルバの腕に、胸に、足に斬り傷をつけていった。

 弾こうとするセルバの刃を嘲笑う。

 シルの剣がすり抜けていく。セルバの刃は切り結ぶ事も出来ず、体に傷を増やして行った。

 眉間に皺を寄せシルを睨む。

 シルの演舞ダンスは続く、ふわりと、くるりと軽やかなステップを踏む死の演舞ダンス

 もはや後退する事しか出来ないセルバは、じりじりと後ろへ下がっていった。


「ルロー!」


 セルバが初めて叫んだ。両手に特大の緑色の光を纏う魔術師マジシャンが前に出た。

 シルがその姿に目を剥く。


「避けろーーー!!!」


 シルの叫びがレグレクィエス(王の休養)に轟く。


「【乱風波テンペスト・ヴェント・レーラ】」


 魔術師マジシャンの詠う声に【ノクスニンファレギオ】の団員達も目を剥いた。


「離れろー!」

「逃げろー!」


 口々に叫びながら、後ろと逃走していく。

 止めを刺そうと構えていたジャックも、ユトを一瞥しセルバの元へと駆け出した。

 ユトもその詠う姿に一瞬固まる。

 最初からこれを狙っていたのか。

 魔術師マジシャンの後ろへと集まるセルバのパーティーを睨んだ。

 放たれたまばゆいばかりの緑色の光。

 その光は一瞬にして小さなふたつの嵐となり、レグレクィエス(王の休養)に襲いかかった。

 テントや資材が吹き飛ばされ、逃げ遅れた人間が舞い上がり、風の渦が斬り刻んでいく。

 治まらぬ嵐になす術はなく、セルバ達は入口の外へと消えていく。

 暴風が吹き荒れるレグレクィエス(王の休養)から、逃げる背中を見送る事しか出来ないシルが唇を噛んだ。

 ヤツは最初からこれを狙っていたのだ、時間を稼いで極大の一撃。

 あの、混乱の中であの詠唱を完結させてしまった時点で、こちらの負けが決まってしまった。

 またしても逃がしてしまった。悔しさを叫びたい衝動に駆られる。

 拳を指の跡が残るほどキツク握り、シルの双眸がつり上がっていった。


「シル、ごめん。しくじった」


 左肩を押さえたユトが側にいた。

 その姿を一瞥し、またセルバの消えた入口を睨む。


「ピピ! オッス! いる? 動ける?」


 傷だらけのシャロンの声が響いた。

 ひとりの猫人キャットピープルが顔を上げる。


「私は大丈夫だけど、オッスはダメ」

「誰かいない?」

「うーん⋯⋯イサ! いる?」


 ピピが見渡しながら声を上げた、犬人シアンスロープが手を上げた。


「どうした?」


 その姿にピピが頷くと、シャロンがふたりに向いていく。


「セルバを追って、無理はしなくていいからね。出来る所までお願い」

「わかった」


 ピピとイサが入口を飛び出して行く。

 その姿にシルもついて行こうと駆け出すが、すぐにシャロンに止められた。


「あなたは待って。今は動く時じゃない」


 シャロンに諌められ、ユトもシャロンに頷くと諦めの溜め息をついた。


「あのふたりは優秀よ。信じてあげて」

「了解」


 シルは諦め声で返事を返した。

 周りを見渡せば、まさしく嵐が通り過ぎた後の惨状を見せている。

 被害は少なくない、怪我を負っている者、嵐に巻かれ四肢の千切れた躯。

 呻き、嘆き、憤りが散乱する瓦礫の中から溢れ出していた。

 その光景を見るに、これで良かったのかと答えの出ない自問を繰り返す。

 シルは顔を覆い俯く。

 シャロンは黙って、その様子を見守っていた。

 ふいにシルは顔を上げ、パンと両頬は叩く。

 赤みを帯び、じんじんと熱を帯びる頬。

 瞳に今一度、力を込める。


「よし」


 顔上げたシルに、ユトが吹き出した。


「まるで、ハルだね」

「え!? そう? まぁいいわ。やる気出た」


 シルが弓なりの双眸に笑みを浮かべ、前を向いていく。





「ええー」

「だから! 本当だってば!」

「ええー」


 キルロの話を聞き終わった、ミルバは眉唾と全く取り合わない。

 怪訝な表情をキルロに向けるだけだった。

 ミルバほどではないが、ヤクラス達、他のメンバーも懐疑的な視線を向けている。

 一番近くでセルバを見ていたからこそ、信じ難い話だった。

 シル達を襲い、メイレルを殺し、アッシモと繋がり、勇者に抗う。

 ミルバは腕を組んでずっと唸っていた。荒唐無稽にも聞こえるキルロの話を信じてやりたいが、信じきれない。

 ヤクラスも同じように顔をしかめ、ずっと逡巡している。


「なあ、仮にあんたの話が本当だとしてだ。セルバは何でそんな事したんだ? それが一番分かんねえんだよなぁ」

 

 ヤクラスの言う事はもっともだ、こっちが知りたいくらいなんだが⋯⋯。

 言い淀むキルロの姿に、ミルバは懐疑的な視線をさらに向けていく。


「そこな。オレ達もそこは知りたい。分からないってのが、正直な所だ。ただ、間違いなくシル達の襲撃とメイレル殺し。少なくともこのふたつに絡んでいるのは間違いない。それじゃなかったら、わざわざこんな所まで足を運ばない、運ばなければならないほど緊迫しているって事だ」


 ヤクラスの言葉を受け、マッシュが答えた。


「何ではとりあえず今は置いておいて、ミルバ達より早くセルバが情報を掴むとマズイのよ。それは間違いない事実。そうじゃなければ、シルをレグレクィエス(王の休養)に置いて来たりしないわ」


 マッシュに続きハルヲも必死に訴える。

 そんなやり取りにユラが盛大な溜め息をついた。


「はぁ~。あのよ、あのよ、なんでもいいから早くレグレクィエス(王の休養)に戻ろうや。ここもあぶねえが、向こうもあぶねえんだ。やいのやいのは後でやれや。ほれ、一回戻るぞ。ほらほら、早く早く」


 ユラがミルバを手招きすると、怪訝な顔をしながらもユラの勢いに押され、ゾロゾロとユラの後ろをついて行く。

 キルロとハルヲは顔見合わせ、マッシュは嘆息するとミルバ達の後を追って行った。

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