第201話 想定内と想定外

 の高いうちからここに来るのは変な感じだな。

 世間は起きているというのにここは眠っている。

 まるで世間とは遠く隔離された建物のようだ。

 ガトは受付から顔を覗かせた、誰もいないのか?

 これじゃあ入れない、昼に来いって言われているのに。

 ドンドンと扉を少しきつめに叩いた。

 絵に描いたような寝起きのボーイが、扉のわずかな隙間から瞳を覗かせる。

 マッシュが預かっている書状を見せると、面倒臭そうに扉を開き、大あくびしながら招き入れた。


「奥の扉から入って、一番奥の部屋だ。こないだ行ったから分かるだろう。勝手に行ってくれ」

 

 それだけ言うと、ソファの上で毛布にくるまった。

 少しばかりの心細さを感じながら奥へと足を運んでいく。

 前回と同じ部屋の前に辿り着くとひと呼吸置き、扉をノックした。

 しばらく待ったが返事がない。

 もう一度ノックしたがやはり返事がなかった。

 少し悩んだが扉を少し開き、中を覗く。

 真っ暗で何も見えない、うすぼんやりと見える燭台に出向き火を灯す。

 紫桃色に照らし出す部屋には誰もいない。

 豪奢なソファにまた浅く腰掛けて待つ事にした。

 この落ち着かない時間が毎度の事ながら慣れないんだよ。

 ガトは小さく溜め息をつきながら到着をひたすらに待った。

 緊張から表情を硬くしていると唐突に扉が開かれ、マッシュ達三人が入ってきた⋯⋯。

 今日はその後ろに狼の女と犬の女がついている。

 後ろからついて来たふたりも只者じゃない雰囲気が滲み出ており、ガトの緊張の度合いがまた上がっていった。



「ちゃんと来たな」

「も、もちろん」


 マッシュが見せた笑顔にガトの緊張が少し和らいだ。

 相変わらず緊張しているな、まぁ、仕方ないか。


「こっちの狼はドルチェナ、犬はシモーネだ。一緒にこっちで仕事しているヤツだから大丈夫、取って食ったりはしないよ。こっちはガトだ、オーカでオレ達の目になって貰っている」


 ドルチェナはガトを一瞥し、シモーネは不器用に手を小さく振った。

 ガトが頭を下げると、なんの脈絡もなくドルチェナがマッシュの隣に座る。

 怪訝な顔で一瞥するマッシュの事などお構いなしに、ドルチェナは膝を閉じ、体を縮こませた。


「ドルチェナ、近いぞ。やりづらい少し離れろ」


 ドルチェナは不満そうにほんの少しだけ離れた、その姿に嘆息し睨むともう少しだけ離れ、マッシュも諦めて前を向いた。

 その姿をガトが不思議そうに見ている。


「マッシュの恋人か?」

「違う、違うぞ」

「おまえいいヤツだな!」


 マッシュとドルチェナの対照的な反応にガトの頭は余計に混乱していく。

 盛大に溜め息を吐いたマッシュがガトに向いた。


「ガト、どうだった」

「あ、見つけた。相変わらず声掛けていたよ」

「早かったな、ガセじゃないよな」

「も、もちろん。【伊達男の囁き亭】って言う安酒場でドワーフに声を掛けていた」

「そこはおまえさんに声を掛けた店か?」

「いや、違う。けど同じ安酒場が並ぶ南地区だ」

「なるほどね」


 マッシュはテーブルの上を指でトントンと叩き逡巡する素振りを見せる。

 店は固定せず金に困っていそうなヤツに目星をつけて、声を掛けているのか。

 アルバで何かあったって話はまだ聞かないし、素人が潜ったところでガトと同じように何も出来まい。

 効率も悪く、少しばかりの嫌がらせ程度にしかならない、声を掛け回っている猫人キャットピープルの独断? それはありえるな、少なくとも摂政が絡んでいる可能性は限りなくゼロだ。

 ただ、嫌がらせを考えるという事は、アルバが邪魔だと感じている。

 末端のヤツならアルバの関与なんて知りもしないはずだ。

 ランク的に高くないにしても中央に近しい地位か、職に就いているヤツって事だ。


「あの、それで言いにくいんだけど、金を少しでいいんで前払いで貰えないか⋯⋯」


 マッシュの目が鋭く睨む。

 ガトは思わず目を背けてしまう。


「いや、少しでいいんだ。昨日訳あって全部使っちまって⋯⋯。それと相談したい事も⋯⋯」


 消え入りそうなガトの声にマッシュ背もたれに体を預け、ガトから視線を外さない。

 さっそく金の無心か、まったく。


「安酒場で一万分飲んだのか? いい死に方しないぞ」

「いや、いや、違うんだよ⋯⋯これを見てくれ。これって、あんたが見せてくれたやつと同じだよな? オレの親友が持っていて強引に買い取ったんだ。それで金がなくなっちまって⋯⋯」


 震える手でテーブルに置いた小さな実に、全員が身を乗り出す。

 こいつは、暗がりで分かりづらいが間違いないカコの実だ、しかも改良してあるのか微妙に違う。

 存外、こいつはわきまえていたか、疑って申し訳なかったな。

 ここに持ってきたのは大当たりだ、マッシュの目が怪しく笑う。

 ガトの方へ体を乗り出し、テーブルの上の実をポケットにしまった。


「一瞬、金の無心かと思ったよ。すまんな。ガト、ここに持ってきたのはいい判断だ。買い取ったのも正解だ。まずはこいつに払った分を補填しよう、いくらだ?」

「ご、五千⋯⋯。すまん、舞い上がって有り金全部渡しちまった」

「構わないよ。ドルチェナ」


 マッシュに目で合図を出され、ドルチェナがテーブルの上に金を置いた。

 ガトはすごすごと金をポケットにしまうと、ほっとした姿を見せる。


「ガト、その親友ってやつがどうやってコイツを手に入れたか聞いたか?」

「ああ。そいつもオレも工房で働くはずだったけど流れた。オレがこっちでバタバタしている時にやつには仕事の誘いがあって、その仕事が終わったところで金と一緒に渡されたって言っていた」


 一同の動きが一瞬止まる、その仕事がなんであれオーカの中央、もしくは摂政と絡みのある仕事が高い事をその実が謳っている。

 こいつは思わぬところでの拾いものだ。


「ガト、なかなか興味深い話だ。この話買い取ろう。一万でいいか? もう少し詳しく教えてくれ。聞いた範囲で構わない」

「え?! こんな話に一万もいいのか?」

「おまえさんが思っている以上に価値のある話だ」


 マッシュの言葉を受けて、ドルチェナがまたテーブルの上に金を積んだ。

 ガトが少し躊躇する素振りを見せたが、マッシュが顎で促すとポケットへねじ込んでいく。


「親友⋯⋯ダランっていう気のいいヤツなんだが、仕事にあぶれていた所、穴掘りの仕事が舞い込んで金もないし仕方なく穴掘りに行ったんだ。終わったら金と一緒にボーナスだって、その実を寄こしたって。実を見せられた時あんたの話を思い出して夢中で分捕ったって感じだ」

「ハハハハハハ! ガト! おまえさんやるなぁ、いい話聞けた。一万なんて安いもんだ」


 いきなりマッシュが笑い出し、ドルチェナも苦笑いを浮かべている。

 ガトにはなんの事やら分からなかったが、場の雰囲気が明るくなった気がした。

 穴掘りの話聞いて喜ぶなんて変なヤツらだな。ガトは不思議でしょうがない。


「もう少し、穴掘りの話聞かせて貰っていいか? 場所とか分かると最高なんだけどな」

「ああ、西の森から中央に向かって、なんでもえらく粗い穴を掘ったって言っていた」

「ドルチェナ、おもえさんより早くたどり着いたな」

「マ、マッシュが優秀すぎるんだ」


 照れ照れのドルチェナはさておき、欲しい情報が一気に集まった。

 それをどう料理する。

 西の森、小人族ホビットの居住区があったあたりか?

 工房完成の暁には避難経路だけではなく、隠し通路としても利用できる。

 真っ先に確保したいルートだよな。


「なぁ、金は出す。詳しい場所を教えて貰えないか?」

「ダランに聞けば一発で分かる。お安い御用だ」


 唐突に扉が開き、ドワーフと若い猫が現れた。


「すまん、すまん、寝坊した」

「まったく、このおっさん何やっても起きねえんだよ」


 申し訳なさを感じないロクと猫人キャットピープルのピッポが入ってきた。


「店は今のところ中央に出入りしてそうな輩は来ていないな。金を持て余しているエロ爺ばかりだ」

「ワシも中々、たどり着けん⋯⋯」

「ああああーー!!」


 ロクの言葉を遮るようにガトがいきなり大声でロクを指さした。

 一同が怪訝な表情でガトに向く。


「なんじゃ、こいつは?」

「あんた、あんた、昨日酒場で猫人キャットピープルに声掛けられていたろう」


 マッシュがニヤリと口角を上げた、なるほどね。


「そうかい、そうかい。ガトが見たドワーフはロクか」

「声掛けられたが、それがなんじゃ? なんだ? わけ分からん」


 ロクが困惑する一方で、ドルチェナは逡巡する素振りを見せる。

 瞳に鋭さが戻りマッシュに向く。


「ドルチェナ、攻守交替だ。オレ達が穴を探る。おまえさん達は猫狩りだ」

「うん。そうだな」


 ドルチェナも同じ事を考えていた。

 さて、手駒が揃ってきたな、ぼちぼち次の手を考えるか。


「おい! だから、なんなんじゃ! 誰か教えろ」

「あのよ、あのよ、どうせあとで聞くんだから静かにしろよ」

「今、言ったっていいだろうが!」

「だったらあとで聞いてもいだろうが!」


 ロクとユラがなぜか睨み合う、ドワーフってなんでいつもこうなるんだ。


「⋯⋯うるさイ」


 カズナが一言冷めた目でふたりに向かい静かに言い放った。

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