第185話 嘘(ブラフ)
『ブォ! ブォ! ブォ!』
足の甲から血を噴き出し、巨人は足元を真っ赤に染め上げていた。
自らの血溜まりを踏み鳴らし、マッシュ達を嘲笑うかのごとく鼻を鳴らしている。
痛がる素振りはなく悠然と近づくその姿に、マッシュは苦い表情を見せた。
潰したはずなんだがなぁ⋯⋯。
巨人の足の運びからダメージが見えない。
そんなはずないないと思うのだが。
「あのよ、あのよ。あれが効いてねえのか?」
ユラも同じ印象をこの巨人から受け取った。あれだけ血を流し、足先を血に染め上げていながら悠然とこちらに向かう姿。
間違いなく突き破った、穴を開けた。
ゆっくりと距離を詰める巨人と対峙しながら一挙手一投足、漏れがないように巨人の動きを注視する。
「ユラ!」
マッシュが自身の足の甲を指差す、ユラがひとつ頷き杖を構え直した。
効いていない分けがない、強がっているだけだ。
強がるその姿こそが
巨人がゆったりとした動きで投げ捨てた棍棒を拾い直し、肩に掛けた。
余裕を見せる巨人に、マッシュが口角を上げる。
(それもブラフだ)
マッシュが単眼に向けて刃をちらつかせる。右に左にゆっくりと振り子のように振って見せた。
手元でナイフをくるりと回転させたのを合図に、マッシュが足元へ飛び込んだ。
分かっていたとばかりに棍棒がマッシュの横から襲う。
マッシュは口元から笑みをこぼし後ろに跳ねた。
棍棒は空しく空を切る、大きな風切り音を鳴らし、抑えの利かない巨躯が大きく態勢を崩した。
「ほらよっ!」
ユラが足元に滑り込むと、甲に開いた穴へ杖を叩き込んだ。
体重の乗った一撃が開いた穴を抉る。ベシャっと血を噴き上げ、さらに穴を大きくしていく。
「シッ!!」
バキッ
ユラの脇で大きな粉砕音が鳴り響いた、その大きな音は間違いなく壊れた音だ。
目を見開き怒りに震えるカズナの一撃。
鉄のつま先が再び膝を打ち抜いた。
止まることのないカズナの連撃に巨人の膝が悲鳴を上げていく。
『ォォォォォォ⋯⋯』
嘆いた。
巨人が膝をつき天を仰ぐ、壊れた膝は地につけることも出来ず、片膝をついてしゃがみ込む。
飛び込もうとするマッシュに向かい、巨人が闇雲に腕を振ってきた。
余裕がなくなっているぜ。
なりふり構わぬその姿に、嘆く姿が
「【
ユラの
甲に開いた穴に向かい、至近距離で炎を放つ。
ユラの放つ炎が甲を焼く。くすぶる煙と共に巨人が咆える。
『ガアァアァァアアアアー!!』
苦しむ巨人。
足元に大木のように長く太い腕を伸ばす。闇雲に振られる苦し紛れの乱撃。
誰もいない足元で腕が空を切っていく。
その伸びきった腕を伝い、軽業師のごとくカズナが顔面へと迫った。
目を見開き、腕の刃を単眼へと伸ばす。
!?
単眼の脇に何かが付いている。
コレハ? ギョロリと動く何か⋯⋯目?
皮膚にまぎれ、遠目からでは皮膚としてしか認識出来ない何か。
カズナは単眼に伸びた手で巨人の頭にしがみつくと、鉄のつま先を思い切りその何かに蹴り込む。グジュっという柔らかな感触と共に何かがはじけ飛ぶのを確認し、地面へ飛び降りた。
『オアアオアアア!!!』
苦し紛れの咆哮を上げ、カズナを振り払おうと必死に頭を振り、誰もいない頭を掻きむしり続けていた。
カズナはマッシュへと駆け寄ると頭を顎で指した。
「ひとつ目の横になんかついているゾ。もしかしたら、あれが目かも知れなイ」
カズナの言葉に合点がいく、派手に目を引く単眼も
相手を騙す事によって狩りを優位に進める。
見かけに寄らずしたたかなヤツだ、イヤ、その見かけすら
「反対側もなんとか潰せないか? こっちで隙を作ろう」
カズナは頷くと潰した右目へと展開して行く。
巨人がカズナを目で追う、右目を潰した怒りを返すべく好機を伺う。
動かない足に見えない片目、それでもまだ狩りへの本能は消えずか。
カズナばっかり見ていていいのか、ガラ空きだぞ。
マッシュが再び懐へ飛び込む。
カズナを追う右腕に巨人の懐からナイフを突き立てる。
固い筋肉に阻まれ切っ先が少しばかりめり込んだだけだが、お構いなしに斬り裂いた。
皮膚が破け、肉が剝き出しになる。
浅かった。
一度離脱し、巨人と対峙する。
裂けた皮など気にも止めず、兎を追い続け、カズナは中々近づけないでいた。
傷を負わせた兎に最大の警戒⋯⋯いや、怯えか。
足元に飛び込むユラの脇を白光が駆け抜けていく。
カズナに気を取られる巨人の顔へ、背中伝いに跳ねる白光。
首の根元に白銀のナイフを突き立て、それを足場にギョロリと動くものへナイフを突き立てた。
血の涙と潰れたなにかがドロリと溢れ、下へ落ちていく。
「キノ!!」
マッシュの叫ぶ方へナイフを引き抜き、軽やかに飛び降りた。
『⋯⋯グォオオオオオオオ⋯⋯オオオ⋯⋯』
巨人が顔を押さえ悶え苦しむ。
体を起こし嘆く、そこに狩る者としての矜恃は消え失せていた。
「どきなさい!」
透き通る女性の声が響いた。
「フェイン!」
力なく佇むフェインへ、キルロは飛び込んで行く。
眼鏡の奥から巨人を睨む目は死んではいない。
手を引き木の影へと離脱をはかった。
さっきほどひどくない、これなら問題ない。
「【
「すいませんです」
キルロの詠唱に何度となく頭を下げる。
フェインは何も出来ていない自分がもどかしかった。
くやしさを噛み殺す唇がきつく結ぶ。
鼻息を荒くし、光球が落ちるのを今かと待ちわびていた。
「よし」
「ありがとうございますです」
一礼して飛び出すフェインの腕を掴んだ。
出鼻をくじかれフェインが怪訝な表情でキルロを見つめる。
「ちょっと待った! あいつは嘘つきだ。分かるか? 獲物を騙して狩りをするんだ。真っ直ぐに突っ込んじまうフェインと相性が良くない。アイツ、一つ目から血を流しているがあれだって、どこか違う場所から見ている可能性があるぞ。エーシャが潰したはずなのにまるで見えているように攻撃されたって言っていた。いいかフェイン、闇雲に突っ込むな」
分かったような、分からないような複雑な表情のまま巨人へと向かった。
モンスターが嘘をつく? フェインは小首を傾げながら巨人と対峙する。
棍棒と大槌が何度となくぶつかり合った。
肩で息をするウルスの消耗は激しい。
単眼から流れていた血の涙も乾き、首元までいくつもの赤黒い筋となっていた。
きっついのう。
一度距離を置き呼吸だけ整える。
「ウルス! 大丈夫? ちょっと休んでいいよ」
エーシャの気遣いに笑みを漏らす。
「ドワーフが強がらんでどうするって話じゃ」
「アハ、かっこいいね! 団長と話したんだけど、あいつ嘘つきじゃないかって」
「嘘つき?」
「うーん、例えばあの目。潰したあそこは目じゃなくて、見ている所は他にあるとか、痛いフリをするとか、心当たりあるでしょう」
確かに、現に対峙しながら目が潰れているようには全く感じない。
エーシャの言葉に思い当る節はある。
ゆっくりと迫る一角の巨人。
「のう、もしヌシらの言う通りなら、あの一角、怪しいと思わんか」
「一角?」
ウルスの言葉にエーシャが額の一角を見やる、確かにあんな立派なものを携えていながらそれを使った攻撃を見せていない。
ウルスと視線を交すとエーシャはニカっと笑って見せた。
「狙う価値あるわね」
「じゃろう」
ウルスも笑みを返す、ふたりは一角を睨みどう攻略するか逡巡する。
頭を下げさせないことには届かん、どうしたものか。
娘の詠唱もピンポイント過ぎて当てるのは至難の業。
さて⋯⋯。
「あのう、すいませんです」
治療を終えたフェインがふたりの元に駆け寄った。
「キルロさんに闇雲に飛び込むなと言われてどうしたらいいでしょうか? 困ってしまって⋯⋯。どうしたらいいですか?」
「うむぅ」
「フェインも一緒に考えてよ、あの一角をぶっ壊す方法。なんかないかな?」
フェインが一角を睨む、少し逡巡する素振りを見せるとすぐに口を開いた。
「あれを騙しましょうです。騙されてばかりの、やられっぱなしなので、ここで一発決めましょう」
「どうやって?」
「私がアイツの頭を下げさせますです。ふたりは一斉に一角を狙って下さい。借りを返して来ます」
言い終わる間もなくフェインが巨人へと駆け出した。腕にはまだ添え木をつけたまま疾走する。
ゆっくりと迫る巨人が、迫るフェインを狙い打つ。
振り下ろす棍棒が地面を抉った。
やはり見えている、キルロさんの言った通り。
フェインが躍動する、比例するかのように心拍が上がる。
失敗出来ないプレッシャーが襲う。
大丈夫、あのふたりならやってくれる。
足元に飛び込むフェインに筋肉の塊が蹴り込んだ。
両手で防ぐも吹き飛ばされ、地面へゴロゴロと無様に転がる。
うつ伏せになったフェインがピクリとも動かない。
「フェインーーー!!」
『アアアアアアァァァーー!』
エーシャの悲痛な叫びと巨人の歓喜の咆哮が交錯する。
目を剥くウルスの目にフェインの瞳が力強く訴えた。
行け!
「娘! 詠え!!」
「【
巨人が軽い足取りでフェインの息の音を止めようと棍棒を振りかざす。
フェインの目が見開き地面を転がり避けていく。
目標を失った渾身の一撃が地面を抉り、その勢いのまま巨人は前に屈んだ。
ウルスが飛び込む。
全体重をかけた大槌による渾身の一撃。
バギッ
『オオオォォォォォ⋯⋯』
巨人が額から大きな亀裂音を鳴らし、よろめいた。
「吹っ飛べー!」
エーシャの放つ雷撃が角を焼く、バリバリと感電の火花を散らし角が焦げていく。
亀裂の入った一角がぼとりと地面に落ちた。
『ォォォォオオオオアアアアッ!!』
額を押さえ悶え苦しむ。
巨人が激しく体を揺らし、今まで見なかった苦しみを見せる。
大槌をさらに握り締めウルスが飛び込もうと構える横を一陣の風がすり抜けた。
白い疾風がウルスの脇をすり抜ける。
悶える巨人の懐へ潜り込むと、体を丸め悶える巨人の首元へ剣を突き刺した。
ウルスの目に映る白い鎧に身を包んだ、栗色の巻き毛の男。
切っ先から流れ落ちる血に白い鎧も輝く栗毛も赤く染めていく。
「結構固いね」
巨人を睨みそれだけ言うと剣を抜いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます