第171話 調教師と治療師ときどき青い蛾
少しばかり言い淀んだエーシャの言葉に既視感を覚える。
少しばかり俯き、それでも伝えた言葉、そこに何か引っ掛かりを感じた。
聞き流しても言いと言いながらも発した言葉。
それは聞き流すなというメッセージが込められている? いや、エーシャの言葉からそう感じる⋯⋯。
ハルヲは顎に手を置きエーシャの言葉を今一度噛み締めた。聞き流すな、それとこの既視感。
あ! そうだ。シルがオーカの報告を聞きき終わると、少し表情を曇らせていた。
待て、もし仮にエーシャやシルの勘が当たっているとしたら、【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】とは別の勢力が存在するって事? いや待って、でもシルからそんな動きがあったって報告はない⋯⋯でも、エーシャだって短い期間とは言え勇者パーティーのメンバー、素人があてずっぽうで言っているわけではないはず。何かしら思い当たる節があるに違いない。
「すいません。なんか余計な事を口走ってしまったみたいで⋯⋯」
眉間に皺を寄せ考えこんでいるハルヲを見やり、エーシャが申し訳なさそうに口を開く。
声を掛けられ、はっと顔を上げると困った顔をしているエーシャがいた。
余計ではないはず、聞き逃してはいけない気がする。
「あ、いや。いいのよ、むしろありがたい。【アウルカウケウスレギオ】に違和感を抱いているのはエーシャだけじゃないのよ。【アウルカウケウスレギオ】は間違いなくクロ。それとは違う勢力があるって感じているのよね」
「そうなりますかね。でも主犯は分かっているわけですし、そう躍起にならなくとも聞き流して貰って構いませんよ」
「でも、エーシャの中で違うと感じる何か⋯⋯根拠があるって事でしょう? それを教えて貰ってもいいかしら?」
エーシャが言葉を探す、どう伝えるべきゆっくりと間を置き、口を開いた。
「そうですね。一番は私を殺さなかったって事ですかね。【アウルカウケウスレギオ】なら、私を見せしめの為に生かす事はしないかと。むしろ殺して躯を目に付くところへ置くという選択をするように感じます」
言われてみれば確かに。
【アウルカウケウスレギオ】が命を重んじているとはとても思えない、どちらかと言えば真逆だ。
手段の為なら簡単に命を捨て置く、そんなヤツらがエーシャを生かす意味はない⋯⋯。
エーシャを生かす意味。
仮に別の勢力があるとして、勇者に抗するという点で同じだとする。
なぜエーシャを生かす?
ハルヲの青い瞳がエーシャを見つめる。
勇者パーティーの
でも、殺さなかった。
「それはエーシャが考える違う勢力にとって、エーシャを生かしておく価値があるって事? ⋯⋯なの?」
ハルヲは自分で口にしておきながら半信半疑だった、言葉は尻すぼみになっていき、自分自身の言葉に力がないと感じた。
その様子にニヤリとエーシャらしくない口角の上げかたをして答える。
「どうしようかなぁ⋯⋯、お世話になっているしなぁ⋯⋯。そうだ! 私をこのパーティーにいれて下さいよ。この間ギルドに行ったとき見ましたよ、団員募集しているでしょう? 私をパーティーに入れてくれたら考えを含めて、秘密も教えますよ。田舎暮らしも悪くないけどちょっと飽きて来ちゃったのでお願いしますよ!」
普段と口調が変わり、ハルヲは気圧される。
エーシャ? あれ? こんな感じの娘だっけ?
「私ひとりでは決められないから、キルロも居る時にあらためて話しましょうか」
「ですよねぇ。副団長の後押しお願いしますよ!」
ニコニコと笑うエーシャに引きつりぎみの笑みを返した。
こんな感じの娘だっけ? ハルヲはあらためて感じ、小首を傾げる。
ただ、冷静に考えると後衛に
リハビリで片足だけでもある程度動かせるようになれば、あとの移動は馬やテイムモンスターで補える。
前線に上がる必要はないわけだし、行動は限定的とはいえ悪くない申し出かも。
何よりアイツにヒールを掛ける事の出来る人間は欲しい、知らない人を入れるより勝手知ったるエーシャを入れる方がウチらしい。
「そうね、悪くない申し出ね。後押しするわ」
「そうこなくっちゃ。これでさらにリハビリ頑張れるわ」
ふたりで笑顔を見せあった。
アイツ渋りそうだな、まぁ、有無を言わさず決めてやる。
あ!
「エーシャ、もうウチに入ったでいいわよ」
「え?! いいの?」
「副団長権限でアイツに有無を言わさない。たまにはわがまま言ってもいいでしょう。いつもあいつに振り回されているんだもの」
「ふふふ、じゃあ、宜しくね」
「宜しく、でもなんかキャラ変わってない?」
「そう? 二面性をお楽しみ下さい」
そう言ってエーシャはおしとやかにお茶に口をつけた。
エーシャ・ラカイム加入??
門番か?
倒れているバグベアー亜種の群れ。
舌をだらしなく口からはみ出させ、生気のない目で血の池に沈んでいる。
オットはその先に見える洞口を見やる、この一帯だけがやたらとエンカウントした。
まるでここにモンスターを集めたようだ。いや、集めたと考えればあの洞口が当たりか。
「オット、ここら一帯は制圧したぞ。モンスターは見当たらん」
「クラカン、すまないね。助かるよ」
オットは壮年の
残党の残り香はしない、無人だ。
オットが洞口を覗く、入口を入念に調べていく。
「行かんのか?」
「クラカン、焦りは禁物だよ。頭の回るヤツらの事だ、何か仕掛けているって考えるのが普通でしょう」
狭い入口を通り中へと進んだ。
中に入ると空間は少しだけ広くなる、
「ココ、リズベル」
オットが声を掛けた、マッパーの
「これマッパーなんている? 一本道よ」
「んじゃ、こっち手伝ってよ」
「罠を探すの、苦手なのよねぇ」
ふたりはぶつぶつ言いながらも続く人の為に道を確保していった。
剝き出しの岩は手を加えられている様子は見受けられない。
【ブラウブラッタレギオ】とクラカンの部隊、それとミースの部隊と都合15名の精鋭が暗がりの中を進んでいる。
まわりの壁に細工されている様子はない、むやみに触らないように慎重を重ね進む。
どこまでも真っ直ぐに続いていた。
【蟻の巣】とは真逆だ、迷いようのない道が続く。
足元、壁と注意を払う、煙に巻いた策士の次の一手を頂戴するわけにはいかない。
しばらくも歩かないうちに開けた空間に出くわした。
縦横とも10Miくらい、高さはさほどない4Miほどの立方体に近い空間。
入口のすぐ側に燭台が設置されており、すぐに火を灯す。
予想通りって所か、順調過ぎるのが気になる。
奥に目をこらすと岩の壁をくり抜き、書棚が作られていた。
本というよりは雑に束ねた資料が雑に突っ込んであるのが目に付く。
壁をみるとこの空間を作る為に削った跡がある、相当な労力だな。
資料棚の反対には、小さめの書棚が同じように作られており、綺麗に本が収められていた。
「ここはなんだ?」
クラカンがこの空間を見渡しながら言葉をこぼした。
手の込んだ作り、見つかり辛い場所、ここが本拠地⋯⋯、裏の本拠地と見て間違いない。
オットは珍しく厳しい表情を崩さずこの空間を見渡している。
「まあ、とりあえず調べてみようか。僕達はあの資料の山を見てみるよ」
「それじゃあ、こっちはあの本棚か。本なんか見ても分からんが、まあ、見てみるか」
オットが資料に目を通そうとした刹那。
「おい! なんだこれ!」
オットは声の方、クラカン達が向かった本棚へと振り向いた。
引き出そうとした本が奥へと沈んでいく。
やられた!
その光景を目にした瞬間、理解した。
空間に岩がこすれる大きな音が響くと、岩が地面へと落ち、砕ける音が聞こえ、入口から土煙が舞うとその土煙に入口の燭台の灯りが消えていく。
「気をつけて!! 真ん中に固まって!!」
「あああああああ!」
「な、なんだこれええええ!」
オットの叫びを無視するかのように背後から絶叫が木霊した。
『グウゥゥゥゥゥゥッゥウ⋯⋯』
絶叫と一緒にいくつもの低い唸りがオット達の耳朶を掠める。
うす暗い空間に真っ赤ないくつもの目が光る、全容が見えてこない。
不安と恐怖がこの空間を支配し始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます