第145話 居留地と変貌

 まんまるの月の光。

 足早に走る足音と草の擦れる音だけが耳朶をかすめ、木々の作り出す深い闇が足早に進む五人を飲み込もうと口を開く。

 その口へと飛び込む。真っ暗な森を進む獣道すら存在しない深い森。

 木々たちは天然の城壁となり、力なきものたちを守る。

 さて、なにが出てくるのやら。

 眼鏡を外したマッシュは、真っ暗な闇を突き進む。


「もう少しゆっくり進めや、おまえらと違ってこっちは見えねえんだぞ」


 ユラが小さな声で嘆く、マッシュが肩に手をやると前方を、指を差す。

マッシュの指差す先には、ユラの目にかろうじて映る小さな明かりが点在していた。


「あれか?」

「たぶんな。警備が厳しいらしい、警戒していこう」


 点在する光に向かってゆっくりと歩を進める。

 思ったより少ないな。

 点在する光の数にマッシュは思う、人が営んでいるには弱々しく感じる。

 前を行くタントのハンドサイン、前方に見張りか。


「おい、だから見えねんだって!」

「ユラはオレの後ろついてこい」


 ほの暗い明かりに映る影がひとり、ふたり……三人。

 随分と少ないな、かったるそうにおしゃべりしながらしゃがみこんだりしている。

 随分とやる気がない。

 厳重な警備が必要な立ち入り禁止区域の重要施設じゃないのか?

 聞いていた話との差異にイヤな違和感を覚える。

 マッシュはさらに目を凝らすが、他に動く影は見当たらない。

 見つめる瞳に困惑が浮び始めた。


「もう少し西にまわってみよう」


 ヨークの申し出にうなずき、移動を始めた。やはり見張りがいない。

 潜り込むのが容易いにもほどがある、ザルだぞ。

 本当にここか?

 

 トントン。

 

 カズナに肩を叩かれ指差す方に視線を移す。全壊している住居や半壊している住居が見てとれた。

 どういうことだ?


「あの壊れた家のほうへ行ってみないか?」


 ヨークの一言にうなずく、警戒をしたままゆっくりと近づいて行った。

 辺りを見回し、武器を構え最大の警戒を見せる。

 人の気配がない。

 全壊した住居を隠れ蓑にして、灯りの見える居住区へ近づく。獣道というには随分と人の手が加わった広い道が森へと伸びていた。

 道を作るのにこの一帯の家が邪魔だったのか? しかし、なんでまた道なんか作っているんだ?

 侵入してくれと言っているようなものだ。

 壊れた家も暗い中ではっきりとは見えないが、最近壊されたように見えた。

 道も最近作られたものか?

 何かが変だ。

 聞いていた話と随分と違う。

 瓦礫となった住居から集落に目を向ける。

 点在する住居から寂しそうな光が漏れていた。

 人の気配が薄い、生活感が伝わってこない。

 何ともいえぬ違和感が漂う。

 こんな簡単に忍び込めるのも気持ちが悪い。


「聞いていた話と随分と違うぞ。ズブズブの警備だ」

「そうなんだよ。どうしたものか迷うよな」


 暗闇の中タントとマッシュが囁きあう。


「もうよ、あいつらぶん殴って住人から話を聞こうや」

「ぶん殴るのはどうかと思うが、住人から話を聞いちまうのは悪くないな」


 接触のタイミングと接触の仕方だよな、扉をノックして『こんにちは』ってわけにはいかない。

 逡巡するマッシュを横目にスタスタと小さな影が光に向かっていく。

 マッシュが慌ててあとを追っていった。


「タント、カズナ、ヨーク。ちょっとここで様子見ていてくれ」


 躊躇なく歩いていくユラの後ろにつき、改めて集落を見渡した。

 近くに寄っても生活の臭いが薄い。

 見渡す限り見張りも見当たらない。

 トントン。

 小さな木の扉をユラがノックする。

 “はーい”と可愛い少女の声がした。


「こんばんは」


 ユラが扉越しにあいさつをするとゆっくりと扉が開き、小さな顔が覗く。

 こちらを見るなり目を剥き大声を上げようとしたが、ユラが自分の口と小さな顔に人差し指を向けると黙ってうなずいた。


「ぶん殴ったりしないから安心しろ。ここの事を教えてくれ」


 随分と直球な物言いだな、叫ばれたら終わるぞ。

 ヒヤヒヤしながらマッシュはあたりを警戒した。

 小さな顔もあたりを見渡すと家に招き入れてくれた。

 さすがに無防備ではと思ったが、滅多なチャンスみすみす潰すわけにはいかない。

 天井が随分と低い、マッシュは腰を曲げ招かれるままに奥へと進んだ。

 外から見える印象とは違い土壁に明るい色が塗ってあり柔らかな明るさを醸し出している。

 

「オレはユラだ、こっちの狼はマッシュ。顔はこええけど、悪いヤツじゃないんで心配すんな。おまえ名前は?」

「ナヨカです」


 種族の中でも小柄なドワーフよりさらに一回り以上小さく見える。

 ギョロっとした大きな目に細く尖った鼻先が印象的だ。

 体が小さいせいか華奢な印象も受ける。

 まるで大きな人形が動いているような不思議な感覚だ。

 小さな居間に座れる椅子はないのでマッシュは床に直接座る。

 棚やテーブル、食器、何もかもが小さく作られており自分が巨人にでもなったのかと錯覚しそうだ。

 小さな丸い窓にはカーテンがひかれ外から見えないようになっていた、なにかを警戒をしているようにも感じる。


「なんでオレたちをすんなり受け入れた?」


 マッシュの問いかけにユラが呆れた顔を見せた、なんでそんな顔を向けるのかわからずに困惑する。

 しかもなんでそこでユラがリアクションするんだ?


「マッシュよ、ドワーフと建物小人族ホビットっていったら仲良いに決まってんだろう。昔話を知らんのか?」

「ええ? 昔話で仲良いからってだけで、突っ込んだのか??」

「あのよ、あのよ。仲良いんだから、気を使うことなんかないだろう? なあ、ナヨカ」


 ナヨカが少しびっくりした顔を見せた。どうやらユラの思っていたことは全く関係なかったみたいだ。

 ただ、二人のやりとりに少し緊張がとけたようで顔からこわばりが消えていた。


「すいません。ヒューマンの女の子が迷いこんだのかと思って扉を開けました」

「ククク、聞いたかユラ。ぜんぜん違うぞ」


 フンと鼻を鳴らし膨れっ面を見せた。

 まあ、結果オーライってやつだな。


「ナヨカ、すまんな突然おしかけて。少なくともオレたちは、おまえさんたちの味方だ、それは間違いない。信じるも信じないも、もちろん自由だがそこは変わらない」


 ナヨカは黙ってうなずいた。

 なにか言いたそうな素振りを何度か見せる。

 大きな瞳が何かを訴えかけている、それがわかった。


「いいぞ、言える範囲で」

「あなた方は見張りではないですよね? オーカの人ではないということですか?」

「そうだ。オレたちもまだおまえさんと信頼関係は築けていない。今の段階で詳しい素性は教えられないが、ある人物からこの居留地の小人族ホビットたちを救いだすように願いを託された。断る理由はないので、それを受けてここに来たんだ」

「私たちを救う………そ、そんなこと可能なのでしょうか?」

「可能だ」


 マッシュの即答にナヨカが目を見張った。その様子を楽しそうにマッシュは見つめる。


「いけるよな? ユラ」

「当たり前だ。余裕だ」

「ほらな」


 マッシュはおどけるように肩をすくめてみせる。

 言いよどむナヨカにマッシュは真剣な目を向けた。


「ただし、おまえさんたち小人族ホビットたちの協力は不可欠だ。今すぐ返事は無理だと思うが、考えてみちゃくれないか?」


 ナヨカは逡巡する、この切羽詰まった状況を打開出来るかもしれない。

 その思いを伝える。


「………私たちを……助けてください!」


 切羽詰まったかのような必死の願いに驚く。

 みんなで考えて答えを出すものだと思っていた。

 ナヨカの言葉にマッシュは困惑する。


「なんかヤバいのか?」


 その様子にすぐにユラが口を開く。ユラも直感的に違和感を感じ取っていた。

 うつむくナヨカが顔を上げる。


「たぶん、ここを潰す気です。しかも近々に」


 全壊、半壊した家を思いだす。

 ここ一帯を潰す気? なんのために?


「潰してどうするんだ?」

「わかりません。何も教えてもらえないので。一方的に家を追い出され、そして潰されていっています。この家もいつ潰されるのかわかりません」

「家を潰された人たちは?」

「潰されていない家に身を寄せています」


 思った以上にまずい気がする。

 中枢部での小人族ホビットの発言力が落ちているのか?

 いずれにせよすぐに動かないとまずいな。


「ナヨカ。こっちが思っていたのと状況がだいぶ食い違っている。小人族ホビットたちにその気があるなら、小人族ホビットたちが安心して自由に暮らせる土地を提供出来る。取り急ぎ……いや、今すぐにここの代表者と話が出来ないかな?」


 大きな瞳が真っ直ぐふたりを射抜く、決心した瞳が力強く輝く。

 大きくうなずくと二人を手招きした。

 カズナ、タント、ヨークも合流しナヨカの案内のもと暗い居留地を進む。

 相変わらず見張りが見当たらない。

 ナヨカの話を聞いたあとでは、この待遇の変貌ぶりが不気味でならなかった。

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