第144話 潜入と謀略

 コツ、 コツ。

 

 なんの変哲もない特徴のない扉を、ゆっくりと静かにノックする。


 ………。


 これといった反応はない。

 不在?

 顔を見合わせていくと、タントがもう一度と扉を顎で指した。

 マッシュは肩をすくめてもう一度ノックする。


 コツ! コツ!


 扉から剣呑な目つきの瞳だけが覗く。


「突然、スマンな。ヨークで間違いないか? とりあえずこれを読んでくれ」


 扉の隙間から書状を渡す。

 パタンと一度扉が閉められたが、しばらくもしないうちに扉は開いた。

 まわりの様子をうかがうと、“入れ”と目配せする。

 居間とベッドルームしかない狭い部屋にマッシュ、ユラ、カズナそしてタントが通された。

 ひと通りのあいさつを交わすとヨークの緊張がほどけていく、長身で細身の若い猫人キャットピープルは四人を見渡し、口を開く。


「んで、なんで、わざわざこんな所までやってきたんだ?」

「書状にはなんて?」


 ヨークは少し高い声色で声を響かす。

 ネスタにオーカ行きの相談をすると、すぐに書状を用意してくれた。

 

 (渡せばすぐに分かる)


 そう言って手渡してくれた。


「うーん、四人の力になるようにサポートしろと。ネスタさんは元気か?」

「元気……だな? とりあえずめちゃくちゃ忙しい生活を送っているよ」


 マッシュの答えに、ヨークは満足そうな笑みを浮かべた。


「そうそう、オーカに来た理由だったな。理由は二つ、摂政の素性を洗いたい。もう一つ、隔離され軟禁状態の小人族ホビットたちを救いたい。この二つだ」


 目をまん丸としてマッシュを見つめた。そのヨークの姿にマッシュが驚く。

 その横でカズナがフードを取るとヨークは飛び上がらんばかりに驚いた。


「う、兎?! それに小人族ホビット? どういうこと??」


 ヨークの口が開いたままふさがらない。

 よほどびっくりしたようだ。

 まあ、そりゃあそうか。

 カズナにはタントですらびっくりしていたものな。


兎人ヒュームレピスダ。縁あってこのパーティーと共にしていル」

「アハハ、誰だってびっくりするよな。いろいろ見てきた私でさえびっくりしたんだから」


 タントが笑いながら肩をすくめ、未だに信じられないものを見ているかのように見つめていた。


「世の中って広いね、そうそう小人族ホビットが隔離されているのか? ここに? つか、小人族ホビットって存在するの?」

「いる。オーカのマントつけているヤツら、あれ小人族ホビットだぞ」

「えええー!? ヒューマンだろ?」


 マッシュは首を横に振る。


「ヒューマンに化けた小人族ホビットだ、信じられないかも知れんが真実だ。化けているヤツらはいいんだ。西北で軟禁状態の小人族ホビットたちを救いたい。今回はそのための偵察だ」

「ふむ」


 ヨークはひとつ唸ると差し出された手書きの地図を見つめる。


「たしかにこっちのほうに行くことってない。こんな所にホントにいるのか?」


 地図を指差しながら自分の見聞きしたものを精査していくがしっくりこない。

 見るまでは信用出来ない感じか、言われてみれば本当の意味での小人族ホビットを見たことないので、ヨークの言うことはもっともだと思う。


「マントを羽織っているヤツら、近々、表舞台からいなくなるぞ。そのときこの国がどうなるのかも知りたい。ヤツらが裏から操るのか、どう動くのか」

「なんで、消えるんだ?」

「ヤツらは薬を飲むことでヒューマンのていを成していたが、薬の効能が切れる。そしてもう薬は手に入らず小人族ホビットに戻る、らしい。そうなった時にどう動くのか気になる。特に摂政の動き、そしてヤツがクックかどうか」 


 マッシュの鋭い目つきがヨークに向けられる。

 狭い部屋に少しばかりの緊張と困惑が混じり合う。

 

「とりあえず、茶でも淹れるか」


 張り詰めた空気を緩和させようとヨークがお茶を差し出すと、みんなが一斉に口をつけていく。


「何はともあれ、今日は休めよ。といっても狭い部屋しかないけどな。オーカの中枢は本当に堅くてさ、全く潜りこめなかったんだよね。小人族ホビットって話を聞いてなんか納得、ガッチガチに固めてバレないようにしていたって事か」

「摂政のほうはどうだ?」

「ほとんど表舞台には出てこない。チラっと見たことはあるけどね。クックとは髪の色とかぜんぜん違うんで、別人だと思うんだけどなあ、顔の左に結構な傷あるし」

「だけど髪と傷なんて後からどうにでもなるじゃん、それだけしか違わないなら余計に怪しいわ」


 タントの言う通りだ。一番不釣り合いなのは摂政という目立つ職に就いたことだ。

 もしクックだとするとそこが一番解せない。

 いや。

 待て。

 ヴィトーロインメディシナときと同じか?

 二番手のポジションから何を狙う?

 発言力は増すが、それだけで就くとは到底思えない。


「乗っ取り……」

「? 誰が? あ、摂政が??」


 マッシュのこぼした言葉にタントも逡巡する。

 混乱するこのタイミングで実質的な支配下にこの国をおくことって容易くないか?


「あるな、それ」

「摂政がこの国を支配下に置きたいと考えていたなら、このタイミングって絶好だよな」

「おまえらがあとおししたようなもんだ」


 タントの言葉にニヤリと口角を上げる。マッシュの双眸がうれしそうな笑みをたたえる。


「いや、いいエサをバラ撒いてやっただけさ。食いつけ。食いつきがいいほどボロがでやすくなる」


 マッシュは不敵な笑みをこぼしながらお茶に口をつけた。





 白衣に身を包む男と共にロブは並んだ大きなベッドの隙間を縫って歩く。

 苦しそうな吐息がそこらから漏れ聞こえ、白衣の男たちは忙しそうにベッドからベッドへ動きまわっていた。

 ベッドの中ではオーカの重鎮たちが苦しみ、のたうちまわり、あるものは顔を蒼くし荒い吐息を漏らす、そしてあるものは………。


「ローハス様、だいぶ顔色も良くなられたご様子で、御機嫌はいかがですか?」


 その小さな顔はロブを一瞥だけして何も答えない。布団の上に青いマントをかぶせ最後の威厳をみせようと無駄ともいえる抵抗をみせている。

 いち早く効能が切れた数名がすでに本来の姿、小人族ホビットの姿へと戻り、本人たちにとって受け入れ難い真実の姿をさらけ出し困惑と絶望に苛まれていた。


「ふー、困りましたね。皆様が万事その調子では国の運営が滞ってしまいますよ」

「その為におまえがいるんだ」


 投げやりなその言葉を放つ声色は澄んだ少年のようだった。

 今はその声色さえ腹立たしい。

 早く元の姿に戻りたいと本来の姿で思う矛盾。


「それはみなさまの総意ですか? ローハス様が先頭を切って表に出られないのですか?」

「出るわけがないだろう! こんな姿で矢面に立とうなんてヤツはいない」


 ロブの俯くその姿はローハスたちの現状を嘆いているように映る。一瞥するローハスの前で俯くロブの双眸は醜く弓なりになっていた。

 動かしていいならいくらでも動かしてやる、言質はとった。

 こぼれそうになる笑いを飲み込み、事態を憐れむ摂政へと変貌する。


「承知致しました。取り急ぎこちらで不備のないように進めて参ります。どうかゆっくりとご静養して下さい」


 大人しく閉じこもっている事しかできない憐れな小人。そっぽを向くローハスに憐憫をもった眼差しを向けた。

 蔑まされているとは微塵も思っていない、このまま朽ちていくだけのつまらない存在。

 哀しいね。


「……ヤクロウはまだなのか」

「善処しておりますが難航しております。申し訳ありません」


 力なく吐き出す言葉に相槌をうっておく、もう薄々感づいているだろう薬はもう手に入らないと。

 探すフリはしておかないとか、とんだ茶番だな。

 ローハスに背を向け足早に病室と化した客間をあとにした。


「セロ、あっちのほうはどうだ?」


 足早に歩を進めながら問いかける、必死についていきながらセロは口を開く。


「準備を進めるべく動き出しました。ゴーサインが出ればいつでも動ける状態です」

「あいつらは?」

「あいつ? あ! 問題になるとは考えておりません。というか存在しませんからね」

「お、そうだったな。あいつらなんてものは無かったですね。失礼した」


 そう言うと急に立ち止まりセロへと振り返った。


「あ! 無いのだから、進めていいのではないかな」

「では、あちらと相談して進めましよう」

「そうだね。しかしあそこは森で囲まれているから、隠れるにはうってつけだが、搬入は大変そうだね」

「大丈夫ですよ、搬入経路の確保は今日明日には完了しますから」

「ハハ、抜かりないねえ」


 楽しそうに廊下を歩く二人の背を廊下の角から見つめる狼人ウエアウルフの姿があった。

 存在しないもの。

 森に囲まれた場所。

 もしかして……ローハス様にお伝えしなければ。

 ローハスの盾が病室と化した客間へ急いだ。

 

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