終焉と始まり

第143話 終焉と始まり

 天井はどこまでも高く、色鮮やかなガラスが陽光を吸い込む。

 吸い込まれた陽光が色鮮やかな光となって、廊下を照らしていった。

 色鮮やかな光を映す廊下には不釣り合いな痛みに耐える呻きが小さく響き渡る。

 それを気にも止めずにオーカの摂政ロブ・ハンコックは、色鮮やかな廊下を、胸を張り歩んでいく。この犬人シアンスロープの堂々とした佇まいが、呻きの響く廊下とえらく不釣り合いに映った。

 オーカの中心にある城を模したこの建造物が、オーカの象徴であり政治まつりごとの中心でもある。

 今日もまたひとり副作用から来る痛みに動けなくなった。


「セロ、あと何人?」


 ロブは後ろにつく犬人シアンスロープに声をかける。

 感情のない瞳は真っ直ぐ前を向いたままだ。


「あと四人です」

「うん、そうか。まだちょっとかかりそうですね」


 やる気のない返事をセロに向けた。


「摂政、まだ焦る必要はないかと」

「もちろん、わかっているさ。焦っちゃいないよ」


 焦っていいことなんかない、焦る必要もない。

 待っていればこの国が転がりこんでくる、安易で簡単な仕事だ。

 ただ、いつでも動けるように根回しはしとくか。

 廊下で胸を張る犬人シアンスロープが、口元に不適な笑みを浮かべていく。





 炉に火を入れる。

 炎を安定させ、ゴーグルをはめた。

 カズナの装備の見直しから始めるか。

 鎚を握りカズナの装備を眺めていく。

 変わった武器だな。手の甲には短い刃が180度回転して出る仕組みになっている。

 ストッパーを外して勢いよくふると刃が回転してストッパーにカチっとはまるように細工されていた。

 良くできているな。溜め息まじりに初めて見る技術をまじまじと見つめた。

この機構と刃の長さはいじらない方が良さそうだ。

 足先も刃が飛び出していると思ったが、触ってみると刃のような鋭さはなかった。

 鉄靴アイアンブーツの変形ってとこか、使い勝手がいいんだろうな。形状はいじらずに素材のアップグレードだけでいこう。

 このあとは領民となった騎馬隊員達の装備のメンテナンスが待っている。

 なかなかの忙しさだ。金にはならない仕事だが、久々に本業に戻った嬉しさがこみ上げた。

 炉の炎が揺らめき顔に熱を感じる。

 じわりと汗が玉となって落ち出すと、鎚を叩くことだけに集中していた。





「べつにいいんだけど、なんで今日はウチなの?」


 マッシュを筆頭にユラ、カズナ、フェインがハルヲンテイムの一室に集まっていた。

 テーブルと椅子しかない部屋だが、キルロの居間より広く使い勝手は断然こっちの方がいい。

 仕事の合間を縫ってハルヲが部屋を覗いた。


「団長の居間が騎馬隊の装備で溢れかえって入れないんだよ」

「ああ、そうかあいつ今、鍛冶屋モードだったね。で、こっちはどうするの?」


 小人族ホビットたちを、なんとかしようってことで話はついているのだが、具体的な手だてはまだ立っていなかった。

 ハルヲの問いに互いに様子を見合う。


「それを話合おうと思ってな。とりあえずオーカに潜り込むつもりだ。そんなんで、団長とハルとフェインは、今回は留守番だ」

「なんでよ?」

「まず、ヒューマンはダメだ。旅行者のふりするにしても普通に歩いている絶対数が少ないんだから目立ってしょうがない。目立つって意味じゃハルも同じだ。今回は侵入、隠密活動がメインだからな、目立つのはダメだ」


 ハルヲは不満気に口を尖らす。

 フェインもどうにかできないか、難しい顔で模索していた。


「耳をつけていったら大丈夫じゃないかと思われのですが、どうですかです?」

「諦めろ、無理なもんは無理だ」


 ユラにバッサリと切られ、うなだれる。

 

「まあ、今回は様子見だから待っていてくれよ。助っ人を呼んで、ちょっと潜ってくるからさ」

「助っ人? って誰?」

「タントだ。犬人シアンスロープの新しい摂政も気になるし声掛けたら来るってさ」


 タントの名にハルヲも納得した。今回は出来ることはなく留守番かぁ。

 それはそれでもどかしいが、今のうちに素直に仕事片づけておくかな。

 はあ。

 息を吐き出すと頭を切り替えた。


「なんかできる事あったら声かけて。今回はまかすわ」

「まあ、また近いうち世話になるさ」


 仕事に戻るハルヲに軽く手をあげた。まずは、ヤクロウに情報を聞かなきゃだな。


「じきにカズナの装備も出来上がる、それまでに情報を整理しておくか」


 四人がテーブルを囲んで真剣な表情をうかべた。

 次に向けて動き始める。





 顔面蒼白の男が威厳を保とうと小さな胸を張っていた。今さら強がったところでなんの説得力もないことに気がつかない。

 気づきたくない。

 燭台から照らす炎の橙色が彼の蒼白さを浮き立たせ、不気味ささえ漂わす。


「ロブ、ヤクロウの件はどうなっている?」


 マントをつけた男たちが集まる大広間に赤いマントを羽織るハーベルがひとり座っていた。

 贅の限りを尽くした絢爛な部屋で縮こまるように座る男の姿が滑稽にも映る。

 辛い素振りを見せぬよう必死な姿に、ロブは大げさに両手を広げ答えていった。


「ハーベル様、大丈夫ですか? 顔色が大変宜しくないですね」


 神妙な面持ちで言い放つと、ローハスは煩わしそうに顔をしかめ睨む。


「そんな事はどうでもいい! ヤクロウがどうなったか聞いているのだ」

「手は尽くしているのですが、自治領とはいえ大統領ですからね、おいそれと手出しはできないですよ。今、しばらくお待ち下さい。感情をたかぶらせますと、お体にさわります。穏やかにお過ごし下さい」

「なんでもいい! 早くしろ!」


 ハーベルの罵声に胸に手を当て一礼し、扉をあとにした。

 滑稽だな。ロブは歩きながら笑いを堪え、肩を揺らす。


「摂政、いいことでもあったのですか? 随分と楽しそうですね」


 外で待っていたセロがロブの姿を見るなり声をかけた。

 人差し指を差し出し、目を細めていく。


「セロ、めったなことを言うものじゃないですよ。皆様が苦しんでいる時に楽しいなんてことがあるわけないじゃないですか」


 言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべた。その表情は醜悪がこぼれ落ちそうなほど、歪んでいた。


「ヤクロウを強奪するのですか?」

「するわけないさ、大統領だ。無理に決まっている。残念だね、皆様のご期待に答えることが出来ず」

「善処するとおしゃったのは?」

「うん? 善処した結果無理でした。そういうことですよ」


 セロは黙って頷いた。

 今は黙って待っていればいい、何もせずに。

 




「つ、疲れた……」


 マッシュが扉を開くと、疲弊したヤクロウがうなだれていた。

 慣れない職を必死にこなしているのか。こりゃあ、しばらくは気苦労が絶えないな。


「スマンな、疲れているところ」

「小僧に言っておいてくれ、おしつけやがってふざけんなって」

「ハハハハ、間違いなく伝えるよ」


 笑いながらマッシュは答える。襲撃からまだ数日だが、メディシナの待合いはほぼほぼ修繕が完了していた。

 ユラは入った途端仕事ぶりをチェックするかのように隅々を見て回った。


「でだ、早速だがオーカのことを教えてくれ。政情や雰囲気、あとは小人族ホビットたちの状態についてとか諸々な」


 向かい合って座るヤクロウが顎に手を置いた。静かな待合いを見回しながら思いだし懐かしむ表情をみせた。


「見た感じはいたって平凡だ。これといったものはない。歩いているヒューマンが極端に少ないってこと以外さして特徴はない。政情については正直わからん、摂政が任命されたのはオレが出たあとだし、何より効能が切れたあとどう対処していくのか想像がつかない」

「たしかに……小人族ホビットでした、ちゃん、ちゃんとはいかないものな。摂政が表舞台に立つのか、影で糸をひくのか……」


 行ってみないとわからんな。ただこのタイミングでの摂政就任とはこうなると読んでいた?

 さすがにそれはないか、不確定要素が大きすぎる。


小人族ホビットたちのほうはどんな感じなんだ?」

「これが簡単な地図だ。雑な手書きで申し訳ないが、それを頼りに行けばたどり着ける。国の重要な場所として立ち入り禁止に指定されているから警備は厳重だ。四方は深い森に囲まれた谷間の集落。特になにもないところなんで好き好んで寄りつくやつはいない」

「なるほど」


 手渡された地図を広げ確認する西北の外れ、国境からは少し離れている。

 潜りこめるかも現地行ってみないとか……。

 逡巡するマッシュにフェインが声を掛けた。


「ネスタさんのお仲間がオーカに潜入していると言っていました。合流されてはと思いますです」

「お! フェイン、ナイス。そうだな、手引きしてくれる人がいたほうが早いな。タントもいるし、中央セントラルも協力してくれるだろう」


 よし、潜入への足がかりが見えてきた。

 準備できたら潜るか。

 

「よし! 教えたことはちゃんと出来ているな」


 気が付くと隅々までチェックしていたユラが、満足そうな顔で頷いていた。

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