第133話 箱と舌打ち

 動かない、動けない。

 小さな箱の中でにらみ合ったまま。

 いたずらに時間は過ぎていく。キルロと手下の獣人が待合いで対峙したまま、次の一手を探り合っていた。

 集中を切らさぬように二人から目を離さない。

 狭い箱の中、過度の緊張が覆う。

 入口のすぐ外で小男は高みの見物を気取る。

 どう動く?

 逡巡する心は悟られぬように。

 

 猫が動く。

 しなやかなその腕をしならせ鞭のように振る。

 手の先にある薄い刃が、窓から差し込む日差しに反射して光った。

 猛ることもなく、吠えることもなく、静かに跳ねる。

 勢いのついた刃が視界の横を掠めると、刃がひとつの線となり眼前を通り抜けて行く。

 

 狼も動く。

 盛り上がる肩まわりの筋肉が収縮する。

 猫の刃で頭を引いたところ、逆手の刃が斬り上がっていく。

 キルロの剣が斬り上がる狼のナイフを滑らす。

 金属の擦れる音。

 跳ね上がるナイフが光りを反射させた。

 刹那、無防備なったキルロの脇腹から、肉を叩く鈍い音と痛み。

 呼吸が一瞬止まる。

 !!

 つっ!

 狼の蹴りが脇腹を捉えた。

 動きの鈍ったキルロに次から次へと攻撃を繰り出し、隙を与えない。狼の重い攻撃に防戦一方となっていく。キルロは顔を歪め、隙を必死に伺った。

 

 キルロは距離を置こうと足掻く、もがく。

 獣人の長い手足が伸びる。体中に鈍い痛みが駆け巡っていく。

 前を睨み、キルロは剣を握り直し、両足に力を込めた。

 距離を詰めようと跳ねる、駆ける。

 動きを止めるな。

 

 小さな箱に投げ込んだ三つのボールが、跳ねるように壁にぶつかり、床から跳ね、互いが激しくぶつかり合う。

 猫が長椅子へと吹き飛ぶ。

 背もたれが勢いで割れて折れる。

 椅子に投げたボールが突き破る様だ。

 猫が呻く横で狼に向けて刃を突く。

 狼の肩を切っ先がかすめると、破れた肩口から血が滲む。

 キルロの顔は何度となく受けた狼の拳が腫らす。

 ぶつかり合い弾けるボール。傷つき、互いに動きは鈍くなっていく。

 

 体中の服は破れ血が滲む。

 ちりちりいてえ。

 破壊された待合いの椅子も、受付も、壁も、見るも無惨な状態。

 みんなが一生懸命築いて守ろうとしたものを、簡単に壊しやがって。

 体中の血が沸騰する。

 体中の力を前に進めるためのバネとする。

 猫と狼を一瞥することもなく、一直線に入口へと跳ねた。

 小男のうろたえる顔が見える。

 こちらを指差す姿が見える。

 構うな、行け!

 小男へ向い勢いのまま剣を振り下ろす。


 チッ!

 

 キルロは舌を打つ。

 金属音とともに弾かれると、キルロは勢いのまま外へと転がり出た。

 金属音を鳴らした猫と狼の刃が、小男を守るように重なり合っている。

 再び、小男を狙う。キルロは切っ先を小男へと向けると猫と狼が小男の前へと立ちふさがった。

 キルロは、切っ先を止め、辺りを見渡す。

 呻きながら地面に転がっているヤツらが、何人も視界に映った。

 あの人数を三人で良くやる。

 口では強がったものの、どうにかなるという確信はなかった。

 良くはやっている。

 だが、確信にはまだ遠い。三人の疲弊する姿が視線の片隅に映る。

 マッシュは頬から血を垂らす。

 ユラのフードは穴だらけ。

 フェインは肩で激しい息づかいをしている。


「ハハハ……、団長いい面構えだな」

「仕方ねえだろう。つったくボコボコ殴りやがって……」


 キルロは口の中に溜まった血溜まりを地面へ吐き出した。

 じりじりと四人を取り囲む包囲網が小さくなっていく。

 人数でゴリ押しか。

 思っていた以上の人の数、どうする?

 睨み合う。


「どけ! 《イグニス》」


 一瞬の間。

 ユラが詠うには十分な時間だった。

 ユラのために道を作ると、手の平から放たれた赤い光が炎と化し、小男へ向かって伸びる。

 小男の表情が恐怖で歪む。

 ドワーフの詠唱というまさかの出来事に、まわりが硬直した。

 猫が小男を突き飛ばし、狼が腕をクロスさせユラのうたを受け止める。

 炎に立ち塞がる狼に、容赦のない炎が狼を燃やす。

 燃え上がる狼が地面へ転がり、必死に火を消し地面で呻く。

 チッとユラは短く舌を打つ。

 それを合図に硬直が溶けた円が、一気に四人に襲いかかる。

 マッシュがキルロを突き飛ばす。

 キルロの背中越しを狙う振り下ろしへ、フェインが拳をねじ込む。

 ユラが何人もの敵を大盾で押し込んでいく。

 ガラ空きのユラの背中へ蹴りが飛ぶ。


「いってえだろが!」

 

 背中に向かって杖を振る。

 混乱に騒乱、敵味方が入り乱れ、擦れる金属音や低く呻く声が辺り一帯から鳴り響く。

 ユラが作った包囲網の穴。

 破れた網の目に三人が続こうとするも、すぐに網の目は塞がれ、また包囲網が出来上がる。

 小さくなっていく円。

 焦りはあるが、見せるな。

 マッシュを襲う刃をキルロが金属音を鳴らし上へと弾く。

 ユラに向う拳をフェインが蹴り上げる。

 キルロのみぞおちへ蹴りが入る。

 

 かはっ!

 

 胃がひっくり返り吐瀉物がせり上がる。

 フェインの肩口へ切っ先がかすめる。

 フェインの目が眼鏡の奥でさらにつり上がると、切っ先を向けた犬人シアンスロープへ、拳ごと飛び込んでいった。

 マッシュの刃が猫人キャットピープルの二の腕へと突き刺さる。

 引き抜く刃の先から血が吹き出し、ユラの杖が追い打ちとばかりに顔面を捕らえると白目を剥いた。

 振る、殴る、蹴る、受ける、避ける。

 斬られる、殴られる、蹴られる、投げられる。 

 ダメージの蓄積が体力を削っていく。

 気力は切らさぬように相手を睨み続ける。

 限界は近い。

 武器を握る手が緩み出す。

 互いの荒い息づかいが分かるほど息があがっていく。

 その様子に小男がほくそ笑んでいる。

 てめえは何もしてねえだろうが!

 キルロは小男へ再び飛び込む。

 真っ直ぐ小男を見据え、切っ先を突きつける。

 小男の口角が上がる、卑下た笑みを浮かべながら見下す。

 なんだ? その余裕?

 猫の振り下ろす刃を避ける。

 いや、避けたと思った瞬間キルロの体は横へと飛んでいく。

 焼けた狼が両腕を抑えながらキルロの顔を蹴り上げていた。

 宙に舞い勢い良く地面を転がっていく。

 キルロの意識は浮遊感を感じることもなく、真っ暗になった。


「ぶぅわっはははははは」

 

 勢いのまま転がる姿に小男が指差し、高笑いする。

 ピクリとも動かないキルロの姿に三人の体が固まる。

 その一瞬の間、三人が同時に吹き飛ばされた。

 

 ミスった。


 脳裏によぎる。

 同時に感じたキルロの危機に揃って隙を作ってしまった。

 地面に転がる三人に嬉々とした表情を浮かべる小男。


 猫に静かに指示を出す。

 転がるキルロは無防備で、刃を向けられていることすらきづけない。


 クソ。


 マッシュはすぐに飛び起きキルロへと駆けるが敵はお見通し、待っていましたとばかりに蹴りが飛び地面へと吹き飛ばされる。

 すぐそこが遠い。

 顔をしかめるマッシュ。猫の刃がキルロに向く⋯⋯。

 円の外がすこしざわついた。

 転がる三人にもその少しのざわつきが届く。

 空気が変わる。


 呻きが届く。

 刹那、猫の剣が宙を舞い、キルロの脇へ落ちて行く。

 視界の外から突然現れたフードを被った男が、戦場を駆け巡る。

 目で追うのがやっとだ。

 気が付けば、猫の体が宙を舞っていた。

 猫は吹き飛ばされた剣と共に地面へ転がり、ピクリとも動かない。

 固まる小男を一瞥すると、フードの男は気にすることもなく、キルロを戦場から引きずり離した。

 一瞬の出来事に今度は包囲網が硬直する。

 飛び起きたマッシュがナイフを振るい、続いたユラが網を叩く。

 フェインはフードの男のもと、キルロへと駆ける。

 その手足の長さでバレちまうぞ。

 マッシュはその瞬足にほくそ笑んだ。


「いいタイミングでの登場だな」

「スマン、遅くなっタ」


 フードの奥で瞳が鈍い光を見せ、ギラついたオーラを醸し出していた。

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