第132話 焦燥と静寂

 それはたまたま。

 偶然のタイミング。

 ふたりの思考がシンクロしていた事は誰も知らず誰にも証明は出来ない。

 ふたりは同じタイミングで同じ疑問を持った、ただそれだけの事⋯⋯。



「エレナ、ヤクロウを探している小男って亜人? ヒューマン? エルフとか?」

「うーん、小さいヒューマンの男性だと思いますがどうしてですか?」

「ちょっとね………」


 ハルヲは背もたれに体を預け、宙を仰ぐ。





 青いマントを羽織る男を頭に浮かべる。

 あの小男はヒューマンだったよな…………。

 キルロは椅子にもたれ思考する。



『『ヒューマンがヒューマンを虐げるってなんかおかしくない?』』



 キルロとハルヲは同じ疑問に首を傾げた。

 何かしっくりこない。いや、ヒューマン同士のいざこざなんてあって当たり前だが、そんなレベルの話じゃない。

 根底にあるものはなんだ? 何か見落としているのか? 

 漠然と晴れない何かが心の片隅に鎮座する。





 エレナが扉をノックする。

 不在だとばかり思っていたその部屋の主が、扉の隙間から外の様子をうかがった。


「エレナ?!」


 想像をしていなかった来客にマッシュは驚きを隠さない。

 休んでいたと分かる寝癖のついた髪型に思わずエレナは吹き出してしまう。

 普段の緊張感ある姿とはほど遠いその姿に。

 

「すいません、お休みのところ。ハルさんから伝言です。取り急ぎキルロさんのところに向かって下さいとの事です。フェインさんとユラさんのところにもこれから行ってきます、馬車は準備出来ていますので、後ほど私がまたお迎えにあがります」


 眠そうな眼でエレナの話を聞き始めていたが、聞き終わる頃にはいつものマッシュになっていた。

 寝癖が雰囲気をかなり和らげてはいるものの多くを語らずともすぐに理解する。


「わかった、準備するよ。エレナもしばらく見ないうちにデカくなったな」

「絶賛成長中です。細かい話はヴィトリアに向かいながらお話ししますね」

 

 マッシュの部屋をあとにし、すぐにフェインのもとへと向かう。

 気がつくと歩くスピードがいつもより速くなっていた。

 焦っているのかな?

 急いでも焦らないようにと、いつもより速く歩きながら自分に言い聞かせていった。



 


 小さな喧噪がキルロメディシナの待合いで生まれている。

 いつの間に安心して治療を受けられる場所として信頼を得たのか、治療を求める人で溢れかえっていた。

 以前の寄り合いと化していた待合いとは違い、ガヤガヤと騒がしいながらも混乱を生むことはない。

 この人数、魔力もつかな? 唯一の心配事だ。

 急患に備えて目一杯使ってしまうわけにはいかない、合間を縫って覗いた待合いの様子に嘆息した。

 とはいえ信頼を得たのはやはり嬉しいし、ヤクロウが不在の今ここを支えきるのが自分の役割だと理解している。

 踏ん張るか。


「よし! つぎ!」


 ⋯⋯??

 あれ来ない? 急に途切れた患者の流れを不審に思う。

 空気の流れが変わった気がした、イヤな流れだ。

 すぐに分かる、ヤツらが現れたのだと。

 不安と不審と嫌悪をバラ撒きながらそれはやってくる。

 診察机にあったお茶を一気に飲み干す。

 剣を腰にたずさえ、トゲトゲしいだけの心持ちにならないようにと、大きく息を吐き出し待合いへと向かった。

 ガヤガヤとしていた空気が静かにざわついている。

 懲りねぇな、まぁ、わかっていたこと。

 諦めにも似た心持ちで一階の待合いと向かった。


「はぁ~、またあんたらか。懲りねぇのな」


 小男は眉ひとつ動かさずキルロを見つめる。

 冷めた目で余裕を見せる姿、後ろにはいつもの獣人が二人。

 いつもの青いマントを羽織り、威厳を示そうとしていた。

 まるで子供が精一杯背伸びをして、大きく見せようと必死な姿が重なる。その姿はあまりに滑稽で威厳は全く感じない。


「ああ、そうか。この間の弁償しにきたのか感心、感心。金置いてサッサと帰れ」


 キン。

 コインがくるくると回りながらポトリと床に転がる。

 小男は表情を変えずに金貨をキルロの前に弾いていた。

 キルロは肩をすくめつつ金貨を拾いポケットにねじ込む。


「弁償したのは感心だが、お金はもっと大事に扱わないと痛い目にあうぞ。用は済んだろう、帰れ、帰れ」


 それだけ言って手で追い払う。小男は少し俯き、口角を上げて歪んだ笑みを浮かべて見せた。

 目鼻立ちに幼さが残る顔が醜く歪む。その笑みの意味がキルロにはわからない。何かまだあるとでも言うのか?


「その金は先払いだ。これからここを潰すからな」


 両手を広げての顔に似合わぬ低い声色で淡々と言葉を放つ。

 醜く歪んだ笑みをさらに歪ませた。己自身の欲望に身をまかし、歪んだ笑みを浮かべ、キルロに目を剥く。


「ハッハハハッハハー」


 さも嬉しそうに、楽しそうに肩を震わせ始めると、卑しい笑い声を響かせた。

 やれやれ。

 本当にこれが地位の高いヤツなのか? くだらなさすぎて掛ける言葉が見当たらない。

 潰すって言っても連れは二人だろ? 

 結構やりそうだが、そこまでの感じは受けない。

 キルロは剣呑な表情で小男たちを睨み返す。

 

「これは命令だ。ヤクロウを渡せ」

「知らねえ、指図を受ける義理はねえ、帰れ」


 小男は一転、歪んだ笑みを消し無表情へと変えた。

 無表情のほうがイヤな感じがする。

 直感的に感じる危機感。


「キルロさん……」


 耳元でニウダが囁くと顎で外を差す。

 やられた。

 いつの間に。

 手下と思われる亜人が10名以上メディシナを囲っていた。

 さすがにこの人数を相手するのは厳しい。

 小男が冷ややかな笑みを浮かべ、一歩にじり寄る。


「手荒なマネは好きではないのだが、再三のお願いを無視されては仕方ない」


 小男は軽く手を上げた。その手を下ろせば、メディシナを潰す合図となる。

 口角を上げる小男を睨みつける。爆発しそうな待合いの緊張感にニウダ達全員に下がるよう後ろ手に合図をした。

 さて、この人数を相手にどう動く。

 まわりを取り囲むヤツらの卑下た笑いも見えた。

 小男はキルロの心を持て遊ぶように合図するのを待つ、楽しそうにただただ蹂躙するのが、楽しみで仕方ないのか笑いを必死にかみ殺している。

 

(おい、どけや!)


 聞き覚えのあるドワーフの声が外から聞こえてきた。


「よお! 団長、久しぶりだな」


 入口を塞いでいる小男たちの背中越しからマッシュが大仰に手を振ってきた。

 思いもしない来訪にキルロも驚きを隠せない。


「こいつら邪魔でしょうがねえぞ、道塞いでいるのがわからねえのか? バカなのか?」

「ですです」

 

 フェインとユラもマッシュの後ろから姿を現す。愉快に笑みを浮かべていた小男の表情が、一気に曇る。

 キルロはニヤリと三人に向けて笑みを浮かべた。

 なんていうタイミングで現れるんだ。計ったような絶妙なタイミングに思わず吹いてしまう。


「マッシュ、絶妙すぎるぞ」

「ハハハハ、そうか? まぁ、正義の味方ならこのタイミングじゃないのか」


 マッシュが小男の背中越しに余裕を見せると、小男の顔が一気に怒りを見せた。顔を紅潮させ鼻息が荒くなっていく。

 人数だけ見れば向こうが圧倒的に有利。なのに、四人の余裕を見せる姿に、勝手に焦ってくれている。

 そっちが焦れば焦るほどこっちの余裕を生むってのに、そんな事すらこいつはわからないんだな。

 ユラが赤いマントの男を後ろから指さす。


「あのよ、あのよ。このチンチクリンはなんだ??」

「プっ、ユラ。ダメですよ」


 フェインが吹き出しながらユラの耳元で囁く。

 その近さだと囁いたところでまる聞こえだ。


「おまえのほうがチンチクリンだろうが!」

「はぁ?! バカ言うな! オレはドワーフ中じゃスレンダーガールだ!」


 小男とユラのやりとりにマッシュが腹を抱えて爆笑している。

 まわりを取り囲む亜人たちもこの状況でどう動けばいいのかわからず、狼狽するだけだった。

 小男は怒りを爆発させた。

 目を剥き吠える。


「やれ!!」


 その声にキルロたちも剣を握り、ナイフを握り、杖を握り、拳を構える。


「正当防衛成立だ」

「もうぶっとばしていいんだな」


 マッシュとユラが返事も待たずに飛び出す、こうなるように仕向けたよな。


「みんなー! 怪我するなよー!」


 我ながら気の抜けた掛け声だな、自身のマヌケの掛け声におかしくて笑みを浮かべてしまう。

 

「さて、どうする? ウチらはつえーぞ」


 キルロが余裕を見せると小男は連れの二人に向けてキルロを顎で指し、小男は一歩下がっていった。

 狼人ウエアウルフ猫人キャットピープルが静かにナイフを構える。

 こいつらは落ち着いている。

 狼人ウエアウルフのナイフが振り下ろされた、せまい待合いで大立ち回りってわけにはいかない、長椅子の隙間に滑り込んでナイフをやり過ごすと猫人キャットピープルの突きが仰向けになっているキルロへ上から降ってくる。

 剣を突き出してナイフをこすり弾く。

 すぐさま立ち上がり二人と対峙する。

 狼人ウエアウルフはナイフを逆手に持ち変えると、自らの前へと突き出し攻撃の姿勢を見せた。

 じりじりとお互いが距離を計る。

 長椅子の隙間を縫うように互いの一定の距離を保つ。

 次の一手に向けて緊張を走らす。

 空気がひりついていく。

 待合いが静まり返る、互いの息づかいが聞こえる。

 空気が空間に溜まりまとわりつく、流れてくれない、重い。

 じりじりとした時間が過ぎていく。

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