第104話 確保と建設

「失礼いたします」


 深みのある声色が響き、ゆっくりと扉が開くと事務長のネスタとヴァージが入室して来た。

 

「何度も悪いな、忙しいのに」

「いえいえ、何でもイスタバールの事をお知りになりたいとか」

「そうなんだ。ウチの家族にイスタバールのあの宿の事とか、おすすめの過ごし方とか教えてやってくんないか」

「ええ、それは全く問題ありませんが……」


 ネスタは不思議そうにどこか微妙な表情を浮かべている。きっと乗り気でないヴァージは細かい説明していないのに違いない。

 キルロはネスタをテーブルの端へと呼び寄せ耳元に口を持って行く。


「金を人の為に使ってみるって事で給料の話を了承させたんだ。イスタバールをガンガンおすすめして説明がてらウチの家族にもやんわりとでいいから、行ってみろと話の合間に挟んでみてくれ」

「了承したのですね」

「ああ、ハルヲが30万了承させた」

「さすが副理事長!」


 ネスタは驚きとともに笑みを浮かべる。心の端っこにいつも鎮座していた厄介事が片づき安堵を見せた。

 ネスタは早速家族の元へと向かい説明を始めていく。

 家族は真剣な面持ちでネスタと対していたが、やがて表情からは硬さがとれ笑みもこぼれ始めた。さすがネスタ、あっちはもう大丈夫だな。


「ヴァージ!」


 キルロは扉の所で立っているヴァージを呼び寄せた。

 一礼してヴァージは素早く静かにキルロの元へと向かう。


「まあまあ、座って」

「いえいえ、このままで結構です」

「そう言わずに、さあ」


 キルロはポンポンと空いている隣の席を叩くと諦めの表情を浮かべてヴァージは渋々と腰を下ろした。

 キルロはニヤリと微笑んでヴァージに顔を寄せる。


「イスタバールの件な、あれは最初ヴァージじゃないとダメなんだよ」


 キルロの囁きにヴァージは怪訝な表情で小首を傾げる。

 その会話を聞いていたハルヲも同じように怪訝な表情を浮かべた。言っている意図が良くわからない。


「なんで最初がヴァージじゃないといけないの?」


 まるでヴァージの代弁をするかのようにハルヲが問いかけると、ヴァージもその言葉に大きく頷いた。

 キルロはヴァージの肩に手を回すとニヤリと笑う。


「イスタバールでヴァージ休めると思うか? 違うぞ。きっとウチの家族はこれに味を占めてきっと次々に従業員をイスタバールに招待する。そう思うだろ? その時に今回行っておいて実際にリサーチしておけば、次回誰かが行く時にヴァージがいろいろ教えられる。毎回ネスタに任せっきりってのも、ヴァージの心持ち良くないだろう? そういう意味で今回ヴァージが身を持って体験しておくってのが大事だと思わないか? ただの知識と経験した知識じゃ全然違うんだからさ」


 ヴァージの表情が変わった。キルロに向けている瞳に強さが戻りやる気が戻る。

 へぇー、やるもんねえ、ハルヲが心の中で感嘆した。

 

これでヴァージも慰安旅行を前向きに捉えてくれる。

 ネスタからの仕事完了だ。

 しかしこんなに苦労するとはなぁ。

 まあでも、ネスタやヴァージには面倒くさい仕事押し付けているし、これくらいは仕方ないか。

 毎度申し訳ない。

 そう言いつつ、まだまだお願いする事はあるんだよな……やっぱり人員の補充はしなと………?

 裏通りで、プラプラしている優秀なヤツっていないのかな?

 兎人ヒュームレピスのカズナやマナルみたく埋もれてしまっている人材がいるんじゃないのか?

 キルロは押し黙り逡巡しているとハルヲがそれに気づいた。


「どうしたの? なんか心配事?」

「あ、いや。あの二人の負担が大き過ぎるんじゃないかと思って、なんとかならんかなってな」

 

 そう言われると立つ瀬ない、まかせきりにしているのは自分も同じだ。

 二人の代わりと言わないまでも一緒に動ける人は欲しい。


「確かにね、ここ最近一気にこの家や治療院と関係ないお願い事が増えたもんね」

「そうなんだよ、せめてネスタとヴァージの補佐できそうな人材がいないか探してみようかな。なにからなにまで中央セントラル頼りって訳にはいかないからなぁ」


 たしかに中央セントラルなら人材はいる。しかし際限なくいるわけでもないし、自分たちでなんとかすべきことでもある。

 これもなかなか難題だ。


「いるかしら?」

「こればっかりはわかんねえな。いなきゃいないで仕方ない」


 二人は宙を仰ぐ、こればっかりは探してみない事にはなんとも言えん。

 どう探そうか? などと考えているとハルヲが急に視線を前に戻し笑顔を向けた。


「あ!」

「なんだ??」

「一人はいるじゃない、ぴったりな人材が!」

「??」

「マナルよ、マナル。彼女ならきっと出来るわよ」

「確かに優秀だけどやってくれるかな?」

「お願いするだけしてみればいいじゃない」


 そらそうだな、ハルヲに頷く。

 頭の回転も早く、周りへの気づかいも出来る。

 言う通りうってつけの人材だ。

 まずはマナルにお願いしてみよう。

 動く前にネスタとヴァージにも相談しないと。

 ああそうだ、学校の件もあった。

 やっぱり人材確保は急務だな。

 

「ネスタ! そっちの話終わったらちょっといいかな? ヴァージも一緒に頼む」


 ネスタが頷き返すとヴァージも一礼を持って了承する。





「じゃあ明日! おやすみ」

 

 キルロ達が家族を見送る。いい雰囲気で話は進んだみたいだな。

 家族とネスタは終始にこやかに盛り上がったようで、家族達は満足気な顔で自室へと戻っていた。


 

「さて、毎度毎度二人には頼りっきりでスマンな」


 キルロは二人を席へと促す、二人は促されるままに席につき顔を見合わせると次は何が来るのかと待ち構えているのが表情から見て取れた。


「単刀直入に。裏通りに学校を作ろう!」


 ネスタとヴァージは再び顔を見合わせ嘆息した。

 ネスタは直ぐに可能かどうかテーブルに肘をつくと、指でテーブルをトントンと叩き思考を巡らしていく。

 ヴァージも表情は変わらないが、頭の中でシミュレーションしているのだろう、押し黙り真剣な目つきで視線だけが動いていた。


「そこまで大きくなければ可能ではないかと思います」

「私もそう思います」


 二人の答えにキルロは安堵の笑みを浮かべる。

 二人が可能というのであれば大丈夫だ。


「規模にはこだわらない、裏通りの子供達が集まって勉強や遊んだりできればそれでいいんだ。それと二人を補佐出来る人材が裏通りにいないか探してみようかと思っている。こっちはまかせて貰ってもいいかな」


 思いもしない申し出にネスタとヴァージが少し驚く顔を見せる。


「ただでさえ治療院や家の事をまかせっきりで、二人への負担が増すばかりだし、裏通りに関しては裏通りの人間だけで動けるようになるのが理想なんだよな」

「すでに一人は目星をつけているのよ」


 ハルヲの言葉に二人は目を見開いた。


「もうすでに? ですか」

「二人とも知っているでしょう? マナルに話してみようと思っているのよ。彼女は優秀だと思わない?」


 二人とも一瞬考える素振りを見せるがすぐに頷いた。


「確かに彼女の聡明さには目を見張りますね」

「良いかと思います。ただひとつ彼女はこちらの生活習慣に慣れる期間が必要かと思います。逆にいえば懸念はそちらだけでございましょうか」

「とりあえず頼むだけ頼んでみるよ」

「そういえば【キルロメディシナ(治療院)】はご覧になりましたか? もう完成して人員が確保出来れば、運営は可能な状態まで進んでいますよ」


 ??

 何その恥ずかしい名称。

 ハルヲもポカンとまぬけな顔を晒していたが、言葉を理解すると吹き出し机をバンバンと叩きまくった。


「ちょ、ちょっと待て! 何その恥ずかしい名称。止めて、ホントに止めて!!」

「そう言われましても、ヴィトーロインという家名を使うのは運営上芳しくありませんし、そうなるとこれしかないかと思うのですが……」

「ハルヲメディシナにしよう! そうしよう!」

「バカなの! そんなのなしに決まっているでしょうが!!」

「キルロ様、見苦しいですぞ。もう建物は完成しております、受け入れて次ぎへ向けてお考えをお進め下さい」

「ああ~、ヴァージ。さっきの慰安旅行の件まだ根に持っているんだろ!」


 ヴァージは冷酷に首を横に振り、キルロの意見を一刀両断する。

 キルロは頭を抱えテーブルにうつ伏す。

 ハルヲはキルロの肩をバンバンと叩き大笑いするとキルロに向けて親指を立てた。

 ここに来る度になんかしらこんな目に合っている気がする。

 心の平穏はどこにあるのだろう?

 ざわつく心だけが、ふわふわとここには漂っている。

 そのざわつきにキルロは大きく嘆息した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る