第94話 ケルベロス
シルがエルフのパーティーを引き連れ、突如目の前に現れた。
一瞬呆気に取られたが、それがシルのパーティーだと分かるとマッシュは真剣な眼差しをシルに向ける。
「スマン、ヒーラーはいないか!?」
シルはマッシュの必死の懇願を耳にすると、ネインを一瞥し、その惨状に眉をひそめた。
「マーラ!」
「はいはい、あらあら。これは苦しいわね。ちょっとだけ待ってね」
マーラと呼ばれた小柄なエルフの女性が、ネインに向けて白い光玉落としていく。
ゆっくりと吸い込まれていくと、ネインの傷も少しずつ癒えていった。
やはり酷かったか。少し時間掛かりそうだな。
「助かったよ。しかし、また何でお前さん達はこんな所に?」
「目的はあなた達と一緒。
マッシュは苦い顔をシルに向け、遠めで佇んでいるケルベロスを指差す。
「あいつに吹っ飛ばされて谷底へ二人とも落ちた。なあ、シル一刻も早くオレ達は谷底へ向かいたい。協力してくんないかな?」
シルは険しい顔でケルベロスを一瞥した。
「当然よ。サッサと片付けて探しにいかないと」
マッシュはシルの言葉に少しだけ安堵の表情を浮かべ、希望を感じる事が出来た。
「概要を教えて」
シルの言葉にシルのパーティーの視線が一斉にマッシュに注ぐ。
曲者のパーティーか。
手練れ感がなんというかエルフぽくないパーティーだな、だが心強い。
マッシュはパーティーを見渡し光明を見いだす。
「あのデカぶつは左右の首から炎と氷を吐く、中の首の一本は人を喰うから近づく際には注意だ。そのさらに奥に敵が15人程いる。意外とやるぞ、ヤツら。ウチのソサ(魔術師)が潜伏撹乱中なんで、何人か減っているかもしらん」
「え?! ソサが前線に突っ込んでいるの?!」
童顔なのか幼い顔立ちを見せる爽やかな男が、びっくりした顔を見せた。
そりゃあソサが前線で撹乱なんて想像出来んわな。
「ウチのソサは優秀なんだよ。敵を指揮しているのはエルフだ。それとケルベロスをテイムかそれに近しい感じだ。何かの道具を使って操っているぽい。ウチのソサが右半身を焼いているから見ればすぐ分かる」
エルフという単語にシルのパーティー全体に緊張が走る。
全員が険しい顔つきになり、シルも今まで見た事ない鋭い表情を見せていた。
「多分、そいつ私達が追っているヤツよ。ようやく!」
シルが目を剥く。
ネインの横で“ありがとうございますです”と何度も頭を下げるフェインが見えた。
フェインもヒール掛けて貰えたか、助かる。
さてどうでるか、向こうからこっちの人数が増えたのは見えているよな。
シルがマッシュの肩に手をやる。
「ゴリ押しするわよ。奥で撹乱中なのでしょ? 手前はあいつだけ、一気に叩く!」
マッシュの口元が緩む、なんとも頼もしい。
シルに頷き返す。
「アンタ達行くよ!」
シルが鋭い視線を前方に向け、パーティーに声を掛けるとパーティーの雰囲気が一変する。
各々が鋭い顔付きを見せ前方へ駆けだすと、フラフラとネインが立ち上がる。
「ネイン無理するな」
「大丈夫です、我々も行きましょう」
目は死んでないな。
「無理だと思ったらすぐ下がれよ、行くぞ!」
マッシュ達もシルのパーティーを追って行った。
「アイツ、どこに消えやがった!」
敵が口々に吠える。
総出でユラを狩ろうと捜索を続けていた。
ユラはひたすらに気配を消し好機を伺う。
突っ込めんな。
人数が多くバラけてくれない。隠れやすいがあの人数は厳しいぞ。
夜の訪れが近づき暗闇が迫る。
一定の距離を保って、敵の動きを観察していた。
ヤバいのう獣人がおるのう。
夜目の効く獣人がいると一気に動きづらくなるんだよな。
ケルベロスから派手な破砕音が、何度も鳴り響いてきた。
またネインか? いやあのデカさの連発は無理だ。
新手? でも、ヤツらも驚いているのう。
ヤツらの仲間ではないって事か。
視線がケルベロスに集中しているのを確認すると集団の一番後ろにいる
口を塞ぎ、手斧で喉元を掻き斬り、すぐさま茂みの影へ飛び込む。
地面に倒れこむ音に、敵の集団が振り返った。
そこにいるはずの人間がいない。
視線を忙しなく動かし、ユラの痕跡を探しざわついた。
ケルベロスへ近づいていくと男の姿が確認出来た。
ヤルバノエン・マグニフィール!
暗がりの中ぼんやりと浮かぶシルエットに確信を得る。
シルの視線はより険しくなり、ヤルバを睨む。
「いつでもいいよん!」
走りながら二人のエルフが手に緑色の光を収束させていた。
10mi程まで近づいたがケルベロスはまだ動かない?
ケルベロスの奥でヤルバが目を見開く。
「チっ! シルヴァニーフ・リドラミフ。めんどうくせえ、ヤツが出て来やがった」
シルのパーティーを確認すると、男は焦燥感に一気に覆われていく。
ヤルバはキョロキョロと忙しなく首を振り、挙動不審な素振りを続け、奥へと逃げるように走り出した。
ケルベロスもヤルバのあとを追っていく。
言っていた通りね、本当にテイムしているみたい。
シル達は逃げるヤルバとケルベロスを追った。
100Mi程奥へ進むと、ケルベロスは振り返りシル達と対峙する。
シル達は距離を詰めるべく、一気にケルベロスへ飛び込んでいく。
「下がれ!!」
後ろからマッシュの叫びが聞こえ反射的に後ろに跳ねると両端の首から炎と氷が襲い掛かり一帯を熱気と冷気が包む。
一面の焼け野原と氷の世界にシル達は目を見張る。
何でもありね。
シルは待機していた二人のマジシャンに合図を送る。
一斉に収束した光をケルベロスへと放った。
ヤルバは舌打ちと共に光りに向かって光りを放つが消せる光は一本だけ、残った一本の光は轟音と共に垂れ下がった司令塔との首を跳ね上げる。
耳をつんざくほどの咆哮を上げるケルベロスへ、追い打ちを掛けるように緑光が一本の線となり、跳ね上がった頭を貫いた。
頭に大きな穴を開け、ケルベロスは沈黙する。
シルの後ろで、ネインが手をかざしていた。
「ヤルバァアアア!!」
シルが叫ぶと剣を手にした童顔の男と、レイピアを携えたカイナが髪をなびかせて沈黙しているケルベロスの下をかいくぐり、一直線にヤルバに向かう。
「カイナやっと出番じゃん、シルにいいとこ見せないと」
「シル様だ、バカもの」
男の方は不適な笑みを浮かべ、カイナは真剣な表情を崩さず駆けていく。
ヤルバはその姿に後ろに下がりながら闇雲に魔法を撃ってきた。
「おい! お前らこっちだ! こっち」
ヤルバはユラを捜索している味方へ必死に訴えった。
ヤルバの呼び声に面倒くさそうに振り返ると、必死の形相で駆けてくるヤルバが目に入る。
武器を構え突っ込んでくる、カイナ達に対峙する。
《イグニス》
カイナ達へと向いた敵に、ユラは背後から炎を撃ち放す。
無抵抗のまま半分近くの人間が火だるまとなり、地面をのたうち回ると動かなくなった。
その光景にヤルバが目を見張る。
「小さいソサだな」
童顔の男は呟きながらヤルバへ斬りかかる。
素早い振り下ろしがヤルバを狙う。
ヤルバは必死の形相で、なんとか避けるとナイフを手にして反撃の意を見せた。
「もう諦めろ、後ろを見て見ろ」
カイナがレイピアの細い切っ先をヤルバに向け振り向かせる。
マッシュとフェインが後ろの敵を一掃していた。
マッシュはダルそうに首を掻くと、一瞬でヤルバとの距離を詰める。
その影からユラが飛び出すと、杖をヤルバに向けて振り下ろした。
「殺すな!」
カイナの叫びにユラは手心を加えた一撃を脳天へ振り下ろした。
「リン達の分だ!」
ユラは不満気に言い放つ。
ヤルバはフラフラになりながら、ポケットから何か取り出すと口へ放り込んだ。
ヤルバの目つきが変わる。思考は溶けだし、感情のままにナイフを構えると、ユラにフラフラと突っ込んで行く。緩慢な動きをユラは簡単に避けるが、ヤルバは諦める素振りがない。
「齧りやがったぞ、どうする?」
マッシュの問いにカイナが眉をひそめる。
「私たちは捕らえたい、手伝え」
「分かった」
マッシュはその言葉に、フラフラとユラを追うヤルバのナイフを握る手を、腕ごと斬り落とす。
血飛沫を上げながら地面へと落ちる腕には気にも止めず、ユラを斬ろうと無い腕を振り下ろした。
ナイフが無いことを不思議そうに、無くなった腕を見つめている。
童顔の男がマッシュの動きに目を見張ると、ヤルバを縛り上げた。
「ふぅ」
マッシュが一息入れると後ろで咆哮が轟いた、どういう事だ?
振り返るとケルベロスが暴れ始めているのが見えた。
慌てて捕縛しているヤルバのポケットをまさぐり打器を探す。
内ポケットにそれらしいものを見つけ、手にするとケルベロスへ駆け出す。
コキ
すり合わせて音を鳴らしたが暴れるケルベロスが止まる様子がない。
シルやマーラをネインが守る。
マッシュはさらに近づき何度も音を鳴らす。
コキ
コキキ
コキ
全く止まる様子がない。
なんでだ??
ケルベロスはまるで本能のままに暴れているかのように動きに統制がない。
闇雲に動くケルベロスが少しずつ崖側へと近づいて行った。
「右に回りましょう!」
ネインがマジシャン二人に声を掛けると、二人は黙って頷き、ネインの考えを汲み取った。
まるでこちらが見えてない。ケルベロスの動きにネインは思った。
右へと労せず回り込み詠唱を始める。
ネインとマジシャン二人が一斉に右側から緑光を照射すると、三本の緑光の威力にケルベロスは崖側へと押しだされ、地面を踏み外す。
大きくバランスを失い、大きな体躯はゆっくりと崖の下へと落ちて行った。
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