第70話 中央(セントラル)

 額に汗の玉が浮かび、頬を伝ってポトリと床へと落ちていく。

 ヴィトリアでは体力はほとんど使わなかったが、考える事が多く頭が疲弊しているように感じていた。

 今は無心で目の前を槌で叩く。

 赤く熱い。

 叩いて鍛えてそれだけを考える。


「しっかし、かてぇーなコレ」


 誰に言うでもなくキルロは言葉を漏らす。

 双尾蠍デュオカプタスコーピオの甲殻を皆の装備に取り付け、装備の強化を図ろうと画策していた。

 これだけ硬いのを良く短時間で解体したものだと、解体してくれたヤクラスの手間に嘆息する。

 加工に時間はかかるが、これはかなりいい。

 軽くて薄くて硬い、軽装備アーマーの多い、ウチのパーティーにはうってつけの素材だ。

 自然と口端は上がり、槌を握る手に力が入った。


 



 ギルドに【ヴィトーロインメディシナ(治療院)】の登録をしに行くと、ちょっとした騒ぎになってしまった。

 ザワザワとする周りを尻目に淡々と手続きを行う。

 端から見れば出来たばかりの弱小ソシエタスが、世界で一番大きいメディシナ(治療院)の主になったわけで、事実だけ鑑みればあり得ない話だ。

 あんまし目立ちたくはないんだよな。

 団長の名前を確認するとなんとなく納得してはいたが、結果的に目立つ事となってしまって罰は悪い。

 手続きが済んだら、そそくさと逃げるようにギルドをあとにした。

 

(3日も経てば皆、忘れちまうよ)


 マッシュの言葉を信じてしばらく大人しく過ごそう。

 そのマッシュといえば、中央セントラルへアルフェン達への面会時期の調整と、元事務次長クックの行方を追って情報収集に駆けずり回っている。なんだかんだと、相変わらず忙しい。

 他の面子は、自分の生活に戻り、しばらくの間平穏を謳歌しているはずだ。





「よお! 遅くなった。中央セントラルと連絡ついたぞ」


 工房で汗を垂らしていると、扉からマッシュが顔を覗かせた。

 

「お?! いつ?」

「急で悪いが、明後日だ。大丈夫か?」

「問題ない」


 何はともあれ人材の確保は最優先だ。

 【ヴィトーロインメディシナ(治療院)】を早期に軌道に乗せ、次へ向かいたい。

 槌を置き、出発の準備を始めた。




 

 マッシュとキルロの二人は小さめの馬車を手配して、中央セントラルを目指した。

 ミドラスを南下すればすぐに中央セントラルだ。

 整備された街道を二人は馬車に揺られる。


「クックの足取りは掴めているのか?」

「いや、途中で切れた。出来る範囲で網は張っているが、引っかかるかは正直わからんな」

「なんだかヤツにはモヤっとするんだよな」

「だな。こっちが踊らされているような気がしてならない。そんな事も含めて今回の件はおまえさんのグッジョブだな」

 

 マッシュはキルロにニヤリと口角を上げる。

 キルロは眉間に皺を寄せ一瞬考え込む。


「どの辺がグッジョブなんだ? 家の事しか考えてないぞ」

「スミテマアルバの傘下に入れちまえば、反勇者ドゥアルーカに流れていたかもしれない金の供給を断てる。年間で10億ミルドだぞ。仮に流れていたとしたら、反勇者ドゥアルーカの弱体化と、焦りを生み出せるはずだ」

「えっ! 10億! ウチそんなに稼いでいるの?!」


 我が実家ながらその額の大きさに目を剥いた。

 無頓着だったとはいえ、その額はしっかり管理しないとマズイな。


「そらあそうだ、下手しなくても世界最大のメディシナ(治療院)なんだから」

 

 しかし10億ミルドか。

 そんな聞いた事もない金が、生み出されているとは。

 額がデカすぎて他人事のように感じる。

 3万ミルドでヒーヒーしていた自分っていったい⋯⋯?!



 中央セントラルにはすぐに到着した。ミドラスから近いのは助かる。最大国家と言うだけあって囲む壁も高く厚い。

 門をくぐると区画により色分けされ、鮮やかで美しい街並みが続く。広く整備の行き届いた街路を真っ直ぐ進むと大きな広場が現れる。多くの人が戯れ、楽しそうに笑顔を浮かべていた。

 広場を見下ろすようにそびえ立つ城が今回の目的地。勇者アルフェン達の拠点兼居住区だ。

 門番に封蝋を確認させると中へ案内された。



「やあ、久しぶりだね。いろいろと活躍してくれているみたいで、僕の目に狂いはなかったろ」


 アルフェンがオッドアイの目を細め、出迎えてくれた。

 後ろにはタントと戦士ファイターらしきヒューマンの女性が控える。

 長い艶やかな黒髪を緩く結び、切れ長の目に薄い唇。腰に剣を差し、薄い唇をキツく結んでいた。筋の通った鼻のまわりにあるそばかすが、キツイ印象を少し和らげている。

 

「全くだ。あんたとは久しぶりだな。ソシエタス設立の時以来じゃないか」

「そうだね。活躍ぶりは耳に届いているよ」


 アルフェンはそう言うと、タントの方をチラっと見る。タントは手の平をヒラヒラさせて挨拶してきた。


「ミースとは初めてかな? ミース・クラスト。ウチの戦士ファイターだ」

「洞窟で見かけているけど、ちゃんと会うのは初めてだ。宜しく頼むよ」

「宜しく」


 アルフェンの紹介を受け、ミースは表情をひとつ変えずに手を差し出してきた。

 無愛想? と思ったがきっとこれが普通なのだ。

 キルロはそれに答え握手を交わす。


「立ち話もなんだし、こちらへどうぞ」


 見た事もない天井の高さ。その荘厳な天井を見上げながら、廊下を案内される。

 調度品などはあまりなくシンプルな作りだ。白基調で統一されている客間へ通されると、アルフェンを中心にして座った。

 椅子にしてもテーブルにしてもさすがにいいものを使っている。


「早速だけどスミテマアルバレギオは素晴らしい動きを見せたね。タントから聞いたよ。反勇者ドゥアルーカの資金の流れを断ったとか」

「それは可能性の話だ。そうと決まったわけじゃない」


 アルフェンの言葉にキルロは肩をすくめる。


「今日はその件って訳じゃないけど、お願いがあって来たんだ。【ヴィトーロインメディシナ(治療院)】に事務長と事務次長。出来れば裏に精通している人を紹介して欲しいんだ。恥ずかしい話、ウチの家族は経営に関してはサッパリだし、オレも顔は広くない。そんなわけで、適当な人材が思い当たらないんだ」


 キルロはアルフェンを真っ直ぐ見据えて願いを告げた。

 アルフェンは柔和な表情を崩さず口を開く。


「任せてくれていいよ。こちらからお願いしたいくらいだよ」


 二つ返事にキルロとマッシュは顔を見合わす。

 いい返事貰えて良かったが、お願いしたいくらいとは?

 そんな二人の様子をまるで面白そうなものを見つけた様な笑みで見つめる。

 見かねたタントが割って入った。


「イスタバールのコテージとか、ブレイヴコタン(勇者の村)のメディシナ(治療院)バージョンと思えば分かりやすいか」


 ちゃかすような口調でタントは意地悪い笑みを浮かべた。

 マッシュはすぐに気がついたようで大きく頷く。

 キルロは首を傾げて宙を見つめるだけだった。


「ちょっとオレにも分かるように頼むよ」

「勇者の治療院として運営するって事だ。表向きは今まで通り【ヴィトーロインメディシナ(治療院)】として診察を行うが、裏は勇者御用達。ブレイヴコタンのように優秀な人間をスタッフに送り込み、反勇者ドゥアルーカが、ちょっかい出してきたら尻尾を掴めるし、向こうにこれがバレた所で抑止力になる」


 タントは音を出さずマッシュに拍手を送ると、マッシュは“どうも”と軽く手を上げて苦笑いした。

 キルロは黙って頷くと少し考える。


「ウチとしてはありがたいが、いいのか?」

「もちろん。言ったでしょう、こちらからお願いしたいって。派遣する人間の人件費としてこちらに収入も入る。もちろん適正価格だよ。抑止にもなる。悪い話じゃない」


 アルフェンは満面の笑顔でキルロに答える。

 これで大きな心配事が、ひとつクリアーになった。

 大きく息を吐き出し笑顔を向ける。これなら家族も安心だし、運営も問題ない。


「助かるよ、宜しく頼む」


 キルロが手を差し出すと、アルフェンとがっちり握手をした。

 相談して正解だった。フェインに感謝しなくちゃ。

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