第60話 鍛冶師とドワーフときどき調教師

「ハルヲー! ハルヲー!」

「あのよ、あのよ、なんでこんな所まで来なくちゃならんのだ?」

「深く考えるな! 感じろ!」


 ユラはぶつぶつとキルロに文句を垂れている。

 一人では決めらないとはユラには言えず、適当な理由を付けてユラをハルヲンテイムへと連れ出した。


 チッ! チッ!


 不機嫌全開のハルヲがいつものように裏口へ現れた。

 連れて来て大丈夫だったかな? ここはいつも以上に明るく努めよう。

 いつもより少し高めのテンションで手を上げた。

 


「よお!」

「よお! じゃないわよ、このクソ忙しい時になんなのよ。ったく!」


 “いつもの事じゃん”なんて言ったら、火に油を注ぐ事は間違いない。

 “まあまあ”とここはやり過ごしておく。もう大人ですから。

 そんな二人のやり取りを見るや否や、ユラはハルヲに羨望の眼差し向けた。憧れの人に出会えたかのように瞳に爛々と星が輝いている。

 ああ、この展開知っている。どこかのエルフと同じパターンだ、間違いない。


「おいおいおい、ヌシはなんだ! すげーな! ドワーフなのにエルフの血が流れているのか?! 羨ましいぞ!」


 ユラはテンション高く、羨望を隠す事もせずそのキラキラと輝く瞳をハルヲに向ける。

 いきなり憧れの対象となる慣れない展開に、ハルヲは戸惑いを隠せない。

 困っているような、喜んでいるような、なんともいえない微妙な表情をハルヲは浮かべ、ユラを見つめ返した。


「こ、こちらのお嬢さんは、どなたかしら?」

「おい、口調がおかしくなっているぞ。こっちはユラだ。加入希望のドワーフのソサかな?」

「ぇ?! あぁードワーフ? えっ? ソサ?」

「ユラ、こっちは副団長のハルヲだ」

「ハルよ!」


 ハルヲの蹴りが腿裏に飛んで来た。

 困惑していたくせに聞き逃しはしないのな。


「ユラ・アイホスだ! 副団長宜しく頼むぞ」

「ハルヲンスイーバ・カラログースよ、ハルって呼んで」

「ぉおおー、名前はエルフ寄りなんだな。すげーな、いいーな」


 褒められ慣れていないハルヲは、ユラと握手をしながらもずっと照れに照れている。

 ハルヲと遭遇した事でさらにやる気に満ちあふれたユラを、今さらお断りというわけにはいかないか。やる気はあるんだよな。

 ハルヲをハーフと蔑む事も無いし、いいのかな?

 ハルヲへ質問責めしているユラに視線を送りながら逡巡する。


「団長よー、頼むよ。入団いいだろ?」


 ユラの懇願に頭を掻きながらハルヲに視線を向けると、誉められ続けたせいか顔がヘラヘラとした笑みを浮かべ若干上気している。

 意見聞ける状態じゃないな。

 やる気もあって悪い奴じゃない、マッシュすら手玉に取るメンタルもある。

 これだけ揃えば十分かな。

 ふぅっと息を吐き出しユラに笑顔を向け、手を差し出した。


「ようこそスミテマアルバレギオへ。ユラ・アイホス」


 満面の笑みでユラは握り返してきた。


「宜しく頼むぞ!」


 ユラ・アイホス加入。


 “ハルヲー”とキノが飛び込んで来る。

 ちょうど良かった。


「ちょうど良かった、知り合いの娘のキノだ。こっちは新しく入ったユラ。キノもクエストには、ほぼほぼ参加しているんだ」


 ユラは一瞬、言っている事が理解出来ず、困惑していた。

 そりゃそうか常識的に考えれば、こんな小さい子がクエストに参加するなんてありえないもんな。

 キノはユラに“よっ!”と手を上げると、ユラはキルロとキノを交互に見やる。うんうんとユラは一人納得。


「ヌシよりチビッコの方がつえーな」


 口に出して言うな。





 後日、マッシュからメンバーへ召集がかかった。

 ユラの紹介も兼ねていつも通り鍛冶屋へ集合する。

 人も増えてだいぶ手狭になってきたな。

 居間でフェインとネインを紹介する。

 マッシュは顔を合わせているので、新ためて挨拶だけした。


 互いに紹介しあい握手を交わす。


「私はこの盾を譲る気はありませんよ」

「オレだってこの杖を譲る気ないぞ」


 ネインとユラがっちり握手を交わす、なにかが通じ合った瞬間。

 キルロはその光景を複雑な思いで見つめる。

 これでいいのか? 良くないのか? ⋯⋯まぁ、いいか。


「それとユラ、話しておかなきゃならない事があるんだ」


 キルロが勇者直属のパーティーである事を告げる。

 ユラも真剣な面持ちで、キルロの話しを黙って頷きながら聞いた。

 重要である事はしっかり理解してくれる。


「内密だな。わかった。誰にも言わん」


 この様子なら大丈夫だ。


「さて、マッシュ。今日は? この間のタント絡み?」


 キルロがマッシュに声を掛ける。皆の視線がマッシュに注ぐと、マッシュは顔を上げた。


「そんな所だ。クエストの発注がある。ヴィトリアから北へ上がったブレイヴコタン(勇者の村)へ消耗品の運搬だ。今回は魔具マジックアイテムではないってよ」

「ヴィトリアってキルロの故郷じゃない」


 マッシュの言葉にハルヲが少し驚いた表情を見せ、キルロの方へ視線を送った。


「ああ、そうだ。あ! ウチ泊まるか? 早駆けで手紙出しとくけど?」

「へ? 仲違いして飛び出したとかじゃないの?」

「えー、そんな事言ったか? 家族とは別に普通だぞ」


 確かに言われた記憶はないけど、若いうちに飛び出るなんて大概親とぶつかり合って喧嘩して飛び出すってのが筋でしょう。

 ハルヲは勝手な解釈をした恥ずかしさを隠すように視線を外した。


「なんなら入院施設もあるし、個室余っているんじゃないかな? 素通りなら泊まる必要ないけどな」

「いや、助かる。団長頼めるか?」

「もちろん」


 キルロはマッシュに笑顔で答える。


「あ、あのー、ご迷惑とかじゃないですか?」

「あ、ウチはそういうの大丈夫だから、気にすんな」


 フェインが申し訳無さそうに問い掛けると、キルロはフェインに親指を立てて見せた。


「どのようなご両親なのですか?」

「う~ん、そうだな、普通だけどオレ以外の家族は優し過ぎるかな」


 ネインはキルロの答えに小首を傾げる。


「優し過ぎってどういう事?」


 ハルヲもネインと同じ所に引っかかった。

 優しいではなく、優し過ぎて良く無いことでもあるのか??


「う~ん、なんつうか誰に対しても優しいんだよ、悪意を持っているヤツにさえ、優しくしちゃう。うまく言えないけどそんな感じかな」


 キルロは肩をすくめながら答えた。

 ハルヲも分かったような、分からないような、まぁ、家族に会えば分かるか。

 

 家族に会う!?


 急にハルヲの思考がグルグル回り始める。

 家族に会うなんてどうしよう。

 皆いるし大丈夫、大丈夫。

 普通にしていれば問題なし。

 そうそう皆いるし大丈夫。

 たかがパーティーの一員だから問題なし。

 大丈夫、大丈夫⋯⋯。


「ハ、ハルさん大丈夫ですか??」


 フェインの心配も耳に届いていない。

 頭の中がグルグルとしているハルヲは、椅子の上で赤くなったり青くなったりしていた。その姿を一同が小首を傾げて見つめている事にすら、全く気づかないハルヲだった。

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