第45話 ダークインプ
『キケケケケケケケッ』
気持ち悪い鳴き声を上げ、ギョロギョロと真っ赤な小さな目が蠢く。
体長1Miにも満たないダークインプの群れだ。
屍を貪る存在と忌み嫌う存在。
三角の尖った顔に長い鼻、長く尖った耳を持ち黒っぽい表皮には茶色いうぶ毛が覆っており獲物を裂く為、爪が異様な発達を見せていた。
長い舌をだらしなく口からはみ出させ、値踏みするかのような陰鬱な表情を浮かべ、ジリジリと囲んでくる。
「まかす! 《レフェクト・サナティオ・トゥルボ》」
「キノいくよ!」
「あいあーい!」
岩陰を使いキルロはダークインプの手が届かぬようにマッシュに覆い被さる。
マッシュにゆっくりと光球が吸い込まれていく。
フェインとキノはジリジリと小さくなる囲みに向かって地面を蹴る。
獲物を我がものにと囲みを崩し、次から次へと悪意を持った爪が二人に襲いかかった。
キノはその悪意の合間を縫うように両手のナイフを突き立て、陰鬱な瞳から光を奪う。
フェインは醜悪な顔面へ、拳と蹴りをねじ込むと醜悪な顔面を歪ませながら岩陰の外へと次々に吹き飛んでいった。
獲物を求める爪が自身の肩や頬を掠めようとも、キノ、フェインは防御をかなぐり捨て、斬る、殴る、蹴る。
白銀のナイフが弧を描く度、主を失った手足が転がって行き、鈍い打突音と共に頭の凹んだダークインプが宙を舞う。
濁った赤い目を見開いたままダークインプは道端へ積まれて行き、醜い断末魔が鳴り止む事はない。
「がはっ!」
マッシュが血反吐を吐き出す。
吸い込まれて行っている光球の効果が内臓まで届き始めた。
もう少しとキルロはマッシュに集中する。
キノやフェインの隙を縫い、ダークインプがキルロの頬や背中、肩と容赦なく爪を立て、肉を貪りに群がった。
喜々とした奇声を上げるダークインプと、血が滲むキルロの背中。
キルロに届いた悪意の爪を、視界が捉えるとキノは金色の目を剥いた。
刹那、キルロの元へ疾走する。
背中を向けるキルロをよそに、旋風がダークインプを次々に切り刻み、突き立て、キルロに向けられた悪意を一掃していった。
キルロは血を滲ませながらもじっと動かず、ただ光球の行方だけに集中を上げる。
ネインの目に吹き飛んで行くハルヲの姿が写った。
はやる気持ちを抑え詠唱に集中しタイミングをはかる。
今!
収束した緑の光が一直線にトロールの左腕へ放たれ、トロールの左腕があらぬ方向へと曲がった。
ゴギッと骨を砕く鈍音が鳴り響く。
動かせない左腕が、ダラリと垂れ下がり断末魔の咆哮が耳をつんざく。
その姿を確認するとネインは地を蹴り、ハルヲの元へと駆ける。
ピクリとも動かない姿に目を見開く、焦る気持ちを押さえ自分のすべき事を逡巡した。
ハルヲの横に落ちている盾を拾い上げ、ハルヲを背にするとトロールと対峙する。
一歩たりとも引かないと強い意志を持つ視線と、壊された腕の怒りに震える濁った視線が絡み合う。
「団長!!」
有らん限りの声を振り絞って叫ぶ、自分の為すべき事をする。
見下すトロールを再び睨み、盾を握る手に力を込めた。
マッシュの呼吸に力強さが戻ってきた、荒い呼吸だが山は越えた。
もう一息。
キルロの背中を裂こうとダークインプの爪が伸びてくる。
致命傷にならなければ問題ない、いくらでも削らせてやる。
フェインとキノを信じ、マッシュへの集中を上げていく。
背後で断末魔が鳴り止まない。
光球が全て吸い込まれるとマッシュの呼吸が穏やかになり、ゆっくりと目を覚ましていった。
「大丈夫か?」
「どうなっている?」
「ダークインプに囲まれている」
「トロールは?」
「ハルヲとネインが相手している」
マッシュが覚醒すると短いやり取りで状況の確認をしていく、“ふぅ”と一息つく。
「もう大丈夫だ、助かったよ」
キルロを一瞥するとすぐに起き上がり、体の動きを確認する。ひとつ頷いて見せると瞳に力が入った。
『団長!!』
ネインの叫びが届く。
逼迫する声色に悪い胸騒ぎが止まらない。
「マッシュ! 無茶はまだするな!」
それだけ言い捨て、ネインの叫ぶ方へ駆け出した。
ハルヲに何か良くない事が起きている。
肌が粟立ち心音も上がる。
急げ!
一刻でも早くと言い聞かせ疾走する。
「フェイン! こっちはいい! 団長のフォローに行け!」
マッシュがフェインに叫ぶ、フェインは黙って頷くと直ぐにキルロの後を追う。
「キノやるぞ」
「あいあーい」
マッシュとキノは対峙するダークインプの群れへと飛び込んで行った。
トロールの右腕が吹き飛べとネインに向かって振り下ろす。
盾から鈍重な音とともに体に重い衝撃が走った。
両手で構える盾で体を使い受け流していく。
先程ハルヲから学んだ事を思いだし体現する。
ハルヲの叱咤を思いだせ。
絶対に引かない、死守する。
その思いだけで手負いのトロールと対峙する。
左腕は潰したが、右手と左足は生きている。
ただ右膝は潰れて自重を掛ける事は出来ないはずだ。
左足の蹴りが飛んでくる事はきっとない。
トロールの攻撃は右腕だけだ。
集中しろ。
何度となく右腕がネインに向けて振り下ろされる、集中して拳の行方を見定め受け流す。
自分の心音しか聞こえてこない。
トロールの咆哮さえ、自分の心音でかき消されている。
吐息が荒くなる。
下がるな、守れ、それだけで頭の中を満たす。
「ネイン!」
「副団長殿をお願いします! 守ります!」
「頼む」
ネインの背後に滑り込むキルロの目に映ったのは、血溜まりの中にうつ伏せになっているハルヲの無惨な姿だった。
震える手でゆっくりと仰向けにする。
乾いた血が顔の半分を塗り潰し、土埃で汚れた美しい金髪も大部分が赤く染まっていた。
弱いが息はある。
一瞬目を瞑り短く息と一緒に焦燥感を宙に吐き出す。
「待っていろよ。《レフェクト・サナティオ・トゥルボ》」
キルロの手の平から放出された黄色をおびた大きな光球が、ハルヲへとゆっくりと吸い込まれて行く。
背後ではネインの構える盾が鈍い打撃音を奏で続けていた。
いつまで持ちこたえられるのか、また信じて目の前に集中する。
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