第31話 勇者の村(ブレイヴコタン)


「はぁ!? 賊に襲われた?! 街道で?!」


 タントはボロボロになった理由を聞くと驚嘆し頭を抱えて見せた。


「なんでおまえ等はこう次から次へと妙な方向に転がるんだよ」


 首を左右に振りながらタントは長嘆する。


「こっちが聞きてえよ、でも、賊っぽくないヤツ等だったんだよな……」


 キルロの言葉にタントの動きが止まり、上目でキルロに視線を向ける。


「どういう事だ?」

「どうもこうも…………」


 タントに事の顛末を話す、馬車で移動中に騎馬に襲撃を受けた事を。

 じっと目を閉じ黙って、キルロの話を聞いた。

 話が終わるとタントは“うんうん”とひとり頷き逡巡する。


「荷は大丈夫か?」

「荷は大丈夫だが? アレはダミーだろ??」


 キルロが首を傾げると、タントは“確かめろ”と言わんばかりに黙って顎で荷物を差し示す。

 スーツケースを小さくしたくらいの軽い木箱を開けると、中から30Mc程の細身の棒がぎっしり入っていた。

 黒っぽい色合いだが、表面はキラキラと光りに反射しているのか微かに光っている。

 皆集まり出して自分たちが運んだものを各々手にとって振ったり軽く叩いてみたりしていった。


「こらぁなんだ?」


 マッシュが初めてみる奇妙な黒い棒を弄びながらタントに問い掛けた。

 既知の存在ではないものに、興味津々とばかりずっと手にしながら観察している。

 

 あ!


キルロが棒を見つめ何かに気がついた。


「このキラキラしているやつ、白精石アルバナオスラピスだろ」


 タント以外の人間が手にしている棒を見つめ直す。

 手にしながらもいまいち、ピンと来てはいなかった。


「そうなの?」


 ハルヲも見つめ直す。手にするその黒い棒を眺め直した。


「素材として、いじったからな。間違いない」

「それじゃあ、これが精浄で使う魔具マジックアイテムってヤツか?!」


 キルロの言葉を聞いてマッシュは自信なさげに問いかける。ダミークエストじゃなかったのか? マッシュは眉間に皺を寄せ、手にしている黒い棒を睨む。

 でっかい馬車に防火の仕様まで施してあったのはそういう事か。マッシュは馬車の作りを思い出しながら、このクエストに何か裏があるなとタントを一瞥した。


「正解~」


 タントが緊張感のない声で答えた。


「おいおいおい、盗られていたらどうすんだよ!」

「そうよ、荷を守る気なんてサラサラなかったんだから」


 キルロとハルヲがクレームをつけると“まあまあ”とタントが手のひらを差し出す。


「ホントの賊だったらコレを手に入れた所で価値も分からない。ハズレを引いたと思って捨てちまう。ただそうじゃなかったら………」

「なかったら……」

「めんどうくさいな~」


 溜めた割には緊張感のない声でタントが言い放った。


「ま、使えるものはなんでも使えってね。ちょうど魔具マジックアイテムがこっちで必要だったしな。賊のことはこっちで引き受けるから、おまえ達は予定通り【吹き溜まり】での探索、採取に行ってくれ。足らなくなったものがあったら言ってくれよ、こっちで手配してやるから」


 そう言うとタントはフェインに地図を渡す、早速地図を広げフェインは読み始める。

 読み始めるとすぐにフェインが小首を傾げる。


「すいませんです。これ随分と書き込みがされていないのですが?」

「未完成の地図だからな。地図の完成度も上げてくれ」

「わかりましたです」


 フェインは上機嫌で地図の写しを作り始める、探索時に書き込めるようにサイズダウンし持ち運べるサイズにしていく。

 

「ショート、ロング共に矢をお願いしたいわ。この間でだいぶ使っちゃったのでね」

「それは大丈夫だろ、村に行けばある。準備させておく」

 

 タントの返事にみんなが困惑の色を見せる。

 矢って普通の村にそんなにあるものなのか? 狩り用?


「村に行けばある? って?? 矢なんて普通そんなにないだろう?」

「普通はな」

「???」


 タントの返答にキルロが余計に混乱する。

 どういう事だ?

 タントは少しばかり面倒臭さそうに言葉を続けた。


「これからおまえ達が行く村はブレイヴコタン(勇者の村)と言われる勇者や勇者がらみのヤツらが拠点にする集落のひとつだ。住人も村人を装った中央セントラルの人間だからもちろん、おまえ等の事も知っている。一通りの装備や整備、魔具マジックアイテムの補充なんか出来るから好いように使って構わないぞ」

「本気か?!」


 キルロが規模の大きさに感嘆の声を上げる。

 村ひとつをパーティーのために存在させてしまうなんて。


「おまえ、ここだって高級コテージをうたっているが、勇者用に作ったものだぞ」

「はぁ~?!」


 勇者様凄過ぎ! 開いた口が塞がらない。

 しかし凄い所に脚を突っ込んでしまったと、心の隅がざわつくのも本心だ。

 

「ま、とりあえずは出発の準備をしとけよ」

「そうだな」


 タントに言われ、すぐに準備と確認に取り掛かる。

 やれることをやるだけだ。

 


「お、そうだ。マッシュ・クライカ~」


 タントが猫撫で声でマッシュを少し離れた隅っこへと手招きする。

 マッシュは俯き加減で話を聞きながら、何度も中指で眼鏡を直していた。


  



 イスタバールから北西に進んだ所にあるブレイヴコタン(勇者の村)に向けて早朝出発した。

 朝市が始まっていて、大通りは食欲をそそる辛めのいい匂いが充満している。

 朝ご飯食べたのだがせっかくなので、屋台で肉の辛味串を人数分買ってしまった。


「なんか、もうしばらくここで、ノンビリしたいなぁ」

「そうですね」


 キルロにフェインが同意する。

 マッシュの言っていた通りクエスト抜きで訪れたい所だ。


「落ち着いたら遊びでここにまた来てやる! んで、あのコテージにまた泊まってやる!」


 肉に嚙り付きながら、なぜかキルロが息巻いていた。

 街もコテージも気にいった、異国情緒溢れる都市に美味しい食べ物、全てが気にいった。


「アンタ、あそこ1泊8万ミルドよ。一番安くてね」

「ぇ? そんなにするのあそこ」

「そうよ、そんなにするのよ」


 ハルヲの一言に現実に引き戻された、旅行の前に借金をなくそう。

 まずはそこからだ。

 異国の地でなぜか心に誓った。



 街道から逸れて林道を進む。街道と違って重なり合う木々が陽光を遮り、空気がひんやりとする。

 タントが賊の心配はしなくていいとは言っていたが、昨日の今日でパーティーにはなんとなく緊張感が漂っていた。

 ほどなく走ると集落が見えてきた。あれがブレイヴコタン(勇者の村)か。


「ようこそ、スミテマアルバレギオの皆様。私がここの代表をしているネスタと申します。皆様のご紹介は無用です。住民皆、存知しておりますので」

 

 日に焼けた顔を破顔させた壮年の犬人シアンスロープが手を差し伸べた、ゴツゴツした節を持つ働く人の手だ。


「宜しく頼むよ、ネスタ」


 キルロが代表して握手を交わす。


「それでは早速、この村をざっくりとですがご紹介しましょう」


 ネスタの後をスミテマアルバレギオの面々が付いてまわる。

 ネスタは要所、要所を簡単に説明してくれた。

 歩き回ってみても普通の村と何にも変わらない、住人も普通に畑仕事をしておりその周りを子供達が走り回っているのが見える。


「普通の村だな」

「ハハ、ありがとうございます。お褒めの言葉として承りましょう」


 ネスタはキルロにウインクして見せた。

 ネスタの話だと住人は中央セントラルの兵士とその家族という事だ。

 通常は畑を耕し近隣のイスタバールまで売りに行ったりしながら静かに暮らし、いざという時は勇者や勇者直属パーティーの前線基地として機能するよう準備しているという。


「大変な仕事しているんだな」


 ポツリとキルロが言葉を漏らす。

 支える人達の底力みたいなものを垣間見た気がした。


「ありがとうございます。でもこの仕事を任せて貰えるのは、とても名誉な事なのです。信頼されているという証ですから」


 ネスタがそう言うとキルロに笑顔を向けた。

 “そうか”とだけ答え笑顔で返す。信頼か。アルフェンも何かそんな事を言っていたよな。


 あれは……?


「なぁ、あそこにあるやつはもしかして工房か?」


 短めの煙突が立つ小ぶりな建物が、キルロの目に入った。


「そうです、農具などの整備の為の工房ですが……なにか?」

「あそこ、ちょっと貸して貰えないかな?」

「構いませんが、何か入り用ならこちらで承りますよ」

「ありがとう、でも自分でやりたいんだ」


 満面の笑みでネスタに答える。

 ネスタも“どうぞ、どうぞ”と快く工房貸してくれた。


 炉に火を入れて、槌を握る。

 傷んだ皆の防具や武器を簡単ではあるが整備に取りかかる。汗を落としながら一心不乱に叩き、研磨していると心の片隅にあった重石が、いつの間にか消えていた。

 

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