第21話 鍛冶師と調教師とエルフ

 ハルヲよりやや薄い金色の髪を一つに束ね、少しばかりキツイ顔立ちをしているが、目尻を下げた笑顔が柔らかい。  

 微笑み浮かべる表情から温厚な雰囲気を漂わせ、ある意味エルフぽくない。

 このエルフ、ハルヲの事を知っているのか?

 確かにドワーフの血も流れているハルヲは、エルフやヒューマンに比べたらパワーあるが⋯⋯何故知っている?


「そんなに怪訝な顔しないで欲しいわ。ハルヲンスイーバ・カラログースと言えばこの界隈じゃ知る人ぞ知る存在だったのだから。ベテランの冒険者なら知っていて当然よ」


 エルフは微笑みを絶やさず、柔らかな口調を響かせる。

 嘘を言っているようにも見えないし、マッシュも同じような事言っていた。

 ハルヲは相変わらず渋い顔しており、エルフとドワーフは相変わらず苦手なのだと分かりやすく顔に出ている。

 キルロはハルヲの様子に嘆息して見せた。


「マッシュ・クライカもいるのでしょう? 個人的に彼の事を知っているのよ、面白いパーティーよね。意外な組み合わせ」


 “もういい、行こう”と腕をひき耳元でハルヲが呟き、キルロの袖を引いた。

 キルロは腕におかれたハルヲの手を軽く叩く。


「何が意外なんだ?」

 

エルフは“フフ”といたずらっぽく笑みを浮かべ、ハルヲに視線を向けた。


「ハルヲンスイーバ・カラログースもマッシュ・クライカも基本単騎ソロなのよ。いくらパーティーに誘っても絶対入らないので有名だった。そんな二人が組むなんて興味深いと思わない」

「なるほど。オレ的には別に興味深くもなんともないけどな。もし仮にパーティーに入ったとしてアンタはハルヲの指示に従えるのか?」


 エルフはキョトンと不思議そうな顔で、首を傾げて見せる。


「従うわよ。当たり前でしょう、おたくの副団長じゃない」


 これにはハルヲが驚きの表情を見せた。

 エルフやドワーフからは蔑まされた事しかなく、自分の言葉に耳を傾けるエルフに出会った事がこれまでなかったのだ。

 だがハルヲの顔は、すぐに怪訝な表情へと変わっていった。


「アンタ、面白いエルフだな。エルフとしては変わっているんじゃないのか?」

「どうかしらね? わからないわ。エルフだろうがヒューマンだろうがハーフだろうが人それぞれじゃない」

「確かに。違いない」


 ハルヲから攻撃的な表情はだいぶ消えたが、まだ表情は堅い。

 キルロは少し思案する。

 このエルフ、迎えるべきかどうか……。

 

「わかった。アンタをパーティーに迎えるよ。宜しく、キルロだ」

 

 ハルヲが顔をこちらに上げる、それを感じキルロは視線だけ頷く。


「シルヴァニーフ・リドラミフよ。シルって呼んで」

「……ハルよ」

「宜しく、ハル」


 シルはニッコリと笑顔を向けた。

 “今度、マッシュに合わす”と言ってシルと別れる。

 ハルヲは困惑の表情を浮かべたまま無言になってしまった。


「なあ、ハルヲちょっといいか?」


 キルロは落ち着いたトーンで話しかけた。

 ハルヲが顔を上げると、どうやって気持ちを処理すればいいのか困惑しているように見える。


「エルフやドワーフから蔑まされていたんだろ? 詳しいことは分からないし、話さなくてもいい。想像出来ないくらい辛い体験だったのかも知れないし、無かった事にも出来ない。ただ、この先ずっとエルフだ、ドワーフだってだけで噛み付くのか? それってハーフだっていうだけで蔑んだヤツらと変わらなくないか?」

 

 ハルヲは黙って聞いている。

 きっとそんな事は分かっているのだろう。

 キルロは落ち着いたトーンのまま続けた。


「ハーフだっていうだけで蔑んでくるヤツらにはエルフだろうが、ドワーフだろうが、ヒューマンだろうが、獣人だろうが、噛みついてやればいい。でもそうじゃないヤツには普通に接していいんじゃないのか? お前の性根は誰それ構わず噛み付くような、そんな性根の持ち主じゃないだろう。少なくともお前の周りにいる人間はそれを分かっている」


 ハルヲに笑み向け続けた。

 

「シルをパーティーに迎えるのにちょうどいいと思ったんだ。アイツ出会った直後から“半端者”と言わずに“ハーフ”って呼んでいた? それにお前が噛みつこうとしても受け流した。噛みついてくるって予測していたんだ。それにアイツ、ハルヲに従うって間髪入れずに答えたんだぜ。今後の事も考えると、エルフだから、ドワーフだからって所から脱却しないと。またいつパーティーを組む事になるのか分かんなねえからな。今回はいい経験になるんじゃないか?」


 ハルヲの肩をポンポンと叩いた。

 ハルヲはジロっとキルロを軽く睨みつける。


「アンタごときに諭されているってのが、気にいらないわね」


 ハルヲはふぅと溜め息をついた。


「でも、まあそうね」


ハルヲは自分自身に言い聞かせるように答える。

キルロはその答えに、口角を上げて見せた。


「やっぱりアレか誰それ構わず噛みついてから、友達いなくて単騎ソロだったのか?」

「違うわよ!」


 ハルヲはキルロの脇腹にグーパンを決めた。


「本気か!? この馬鹿力!」


 “フン”とハルヲが鼻を鳴らした。





「マッシュ・クライカだ、こっちが今回マッパーとして手伝ってくれるフェイン・ブルッカ、こちらがシルヴァニーフ・リドラミフ。そういえば、シルは何が得意なんだ」

「一応、弓師ボウマンだけど、なんでも屋よ。壁役以外前衛、中衛、後衛、足りない所に顔だすわ」

「フェインの武器は?」

「すいませんです。私はこれしか使えなくて」


 ボロボロのアイアングローブを机の上に置いて見せた。


「これは驚いた、おまえさん拳闘士ピュージリストか」


 マッシュが感嘆の声を上げる。


「これだと装備したまま、地図描けるのです。フフ」

 

 何故かフェインは照れながら答えた。


「今回のクエストは北東にある【吹き溜まり】の調査と探索で、マッピングと生態系の調査が主たるものだ。メンバーはハルヲとマッシュ、シルとフェイン、ハルヲの所からサーベルタイガーと大型兎ミドラスロップ、それとオレ。以上だ」

「キノもーーーー!」


 ミーティングに同席していたキノが叫んだ。


「イヤイヤ、遊びじゃないからキノは留守番だ」

「ダメ、キルロが弱過ぎるからキノも行く」

「弱過ぎるは止めてくれ、地味に傷付く」

「勝負!」


 キノが突然立ち上がりジャンプをすると、くるっと空中で一回転。そのままキルロの土手っ腹に頭から突っ込んだ。

 “ぐぼぁっ”と声にならない声を上げキルロは腹を押さえ悶絶する。


「急に何するんだよ」

「急じゃないもん、勝負って言ったもん、キルロ弱過ぎるもん」

「今のはちょっと油断しただけだもん」

「キノが勝ったら連れていけ、キルロが勝ったら留守番する。負けないけど」


 油断しなきゃ負けない。

 今度はしっかり身構える、キノと正対する。

 頭を低くしたキノが猛スピードで突っ込んできた。

 一瞬キノ姿が視界から消えると、次の瞬間⋯⋯右側から強烈な回し蹴りが顔面を捕らえる。“ぐはっ”と呻き声を上げながらキルロは左にすっ飛んで行った。

 キルロは態勢を整えようとフラフラと立ち上げる。キノは瞬間を見逃さない。左側からまた強烈な飛び蹴りが顔面を捕らえ、キルロは膝から崩れ落ちて行った。キルロは、なす統べなく轟沈。


「こらあ、つえーな」


 マッシュが驚きを隠さない。

 考えてみればレギアボラスの群れを一喝したり、散々クエストに同行してたもんな……とは言うものの幼女を連れて行くのはやはり気がひける。


「キノも行くー」


 喜んでいる。

 どうしよう。

 蛇時代の強さをなまじ知っているだけにちょっと困る。

 ハルヲとマッシュもそうだろ。

 シルとフェインは開いた口が塞がらない。


「わかったわ、キノ行きましょう」


 ハルヲが溜め息まじりに答えた。


「え?! いいと思うか?」

「この子何気に頑固だから多分どうやってもついて来るわよ、それだったら諦めて連れて行きましょう。確かにどっかの団長さんより戦力になりそうだしね」


 うっ、何も言えない。


大型兎ミドラスロップを守って貰えれば、それだけでも助かるし。それくらいなら余裕でしょうこの子」

「確かに。はぁ、じゃあ、しっかり装備作るかぁ」


 キノは満面の笑みを浮かべ、キルロの顔を覗き込む。

  

「全く面白いパーティーね」


 シルが笑いながらその様子を眺めていた。

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