仮)第2章 1-1

しばらくあって、領主様の「わかる力」のおかげで言葉の面は長足の進歩を得た。

ひとつのとっかかりがあれば会話が何とか成立し、フィードバックがあれば直接覚えたい言語を使うことのメリットが大きくなる。

ちょうど赤ちゃんの語彙が爆発的に増えるようなもので、“何がわからないかわかる”ということは素晴らしいことだ。


とはいえ、あの力を使うためには現状ではメモ帳が必要で、無限にあるわけではない。ますますもって、こちらの言葉を覚えるしかないのだった。



朝の外出に息が白く、湿気を含んだ草は固くなっていた。

となると、こちらの世界でも冬は雪だ。

あの家族は冬備えができていただろうかと、ふと、気になった。


すでに側仕えとして堂に行ったリヨビスさんを呼び止めて聞いてみる。

「私 あの者たち 感謝する 希望する」

「あなた あの者たち “下賜する” 希望する か?」

新出単語を探りながら会話を進めていく。


「私 冬から春の 食べ物 “下賜する” 希望する」

「私 考える 貴族様 食べ物 下賜する とても良い 考える」


当初、何を考えているかよくわからなかったリヨビスさんだが、今では顔に出やすいということが分かっている。

今回は本心からの賛同のようで安心した。


「領主様 会う 二人で 問題ない か?」

おそらく、普段は入ることの許されない領主様の部屋に同伴しても良いかという質問だろう。

「会う いっしょに 問題ない」


部屋に入ると、いつもは事務仕事をしている(この人は文字の読み書きができるのだ!)クフェリーグさんが手を止めてにらみつける。

この人たちは本当に領主様を尊敬してるんだなあ。


リヨビスさんがなにやら難しい話をした後で、領主様の顔が少し良くなった。

いや、もともと見目麗しいタイプではあるんだけど…ってそうじゃなくて。

最近はすっかり省略されることもでてきた「領主様…」「様 必要ない…」のやりとりをして、本題に入る。


できれば、あの家族たちだけでなく村の人たちにも食べ物があった方が良い。

現代日本と違って、おそらく冬は死の季節だ。

私の安定した異世界生活のためにも、領民の皆さんにはうかつに逃げられたり死んだりしてもらっては困る。

といっても、予防的な公共の福祉の方が。なんて考え方は地球でも20世紀になるまで世界の主流ではなかったし、ましてやここは異世界。

人権なんて言ってもわからない。と、今日に備えて考えてきた案を語る。


「冬 食べ物 与える 春 これを もらう」

と、給金としてもらったお金の袋をじゃらじゃらしながら言う。

みんな、意味が分からないとばかりにぽかんとしている。


ならば、もう一押し。

「冬 食べ物 8 与える 春 これを 10 もらう」

法定金利18.25%をぶっちぎる悪徳金利だけど領民のみなさまにおかれましては死ぬよりはましでしょ。かといって、何もかも捨てて逃げるほどでもない絶妙のライン。

我ながら悪代官の才能があるかもしれん。

そして、もう一つ重要なことを聞く。


「食べる 卵 と 塩 ある?」

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